シニンノカゲ:7章part4(微F/F)
🕑 Added 2025-09-06 14:01:01 +0000 UTC
4. 七不思議のおわり
(微F/F)
西原叶夢は闇の校舎を駆けていた。この世界から出入りできる"扉"を探すために。
この世界が鏡から出入り出来るのは確定している。
ただし、この世界の主である藤島小百合はその力を使って対象者が鏡の前にいない場合でもこの死の巣に引き摺り込むことを可能にしている。恐らく条件は、対象者が旧校舎内にいること。
では、対象者は死の巣から絶対に脱出することが出来ないのか。
それは違う。
過去に叶夢たちや寒川たちはここから脱出している。
この世界が"結界"と似たような構造であるなら、一方通行であるはずがないのだ。
きっと、扉を使えばあちらとこちらを行き来することは可能である。
鏡こそがこの世界と現世を行き来する扉だ。
ただ、厄介なのは藤島小百合がこの世界の構造を自由に組み替えられるらしいこと。
だから、生者が自由に使える扉──鏡は隠されている。
その鏡を見つけなければ、叶夢たちはもう出られないし、寒川と水羽を呼ぶことも出来ない。
退魔師である水羽と特霊課の寒川と最初から旧校舎に立ち入ってしまえば、藤島小百合に警戒されてそもそもこの世界に入ることが出来なくなってしまう。
現に、藤島小百合は寒川と水羽が旧校舎に侵入していた際はかなり警戒していたようだ。
だから、後から二人を忍び込ませる必要があった。
そのために必要なのが、扉となる鏡をこの世界で見つけること。
果てしなく続く廊下を駆け抜けていると、叶夢は床に落ちたきらりと光るものを見つけた。
それは、闇の床に突き刺さっており、この闇よりも黒々とした異様な気を放っていた。
包丁だ。
柄には般若のような紋様が刻まれている。
叶夢はごくりと唾を飲み、包丁を引き抜いた。
顔を上げると、闇に慣れた目には痛いほどのキラキラと輝く現世への扉がそこにあった。
◯
鈴湖神社の鈴に霊力を音波のように広げて反響させる力があるのは知っていた。
水羽一人の力を広げるのではなく、寒川の持つ霊力も同時に鈴で広げれば強力な武器になると羅那はそう睨んだのだ。
読み通り上手く行った。
寒川と水羽の持つ霊力が空間に響き渡り、須崎伽耶たちの動きを止めることが出来た。
「遅くなってごめん…」
叶夢はぜえぜえと息を切らしながら膝に手をつく。
「ちょっと大人しくしてもらうわよ」
寒川の両手の銀のブレスレットが溶けてどろどろとした銀色の大波となり、藤島小百合とそして須崎伽耶たちを飲み込んで捕える。
「どいつもこいつも…」
藤島小百合は白い歯をぎりぎりと鳴らした。
水羽がこの作戦の要である寒川の周りの宙に呪符を貼り付けまくる。少しでも寒川が受けるダメージを軽減するためだ。
これで、準備は整った。
あとはこの間に──退魔するのみだ。
「須崎伽耶さん!聞いてください!」
羅那はお腹から声を出す。
「貴女たちは何も間違ってなかった。何も。何一つ。貴女たちの命が失われたことは悲劇だけれど…その犠牲は未来にいる私たちに力を与えてくれた」
呻く事しかしない怪異たちに向かって羅那は続ける。
「私たちが代わりに…彼女と…あの女と決着をつけるから。だから見ていて欲しい。そしてこれだけは知っていて欲しい。私たちがもし、彼女に勝てたら…その時は…貴女たちのお陰だということを」
羅那が言い切ると、須崎伽耶たちは苦しげな声を上げた。
悲しんでいるようにも聞こえた。
とてつもなく遠くから、ひぐらしの声が聞こえた──気がした。
やはりまだ須崎伽耶たちを解放することはできない。
必要なのは、藤島小百合の始末。
須崎伽耶たちをこの世に留めているのは怪物となった彼女が在り続けているから。
「流されてんじゃないよ…全く…」
藤島小百合が歯を剥き出しにして嗤うと、彼女から放たれたどろどろとしたヘドロのような邪気が寒川の銀色の波を侵食し始めた。
「不味いっ…」
寒川は右手を藤島小百合に向け、彼女を捕縛している銀の泥を棘のついた輪っかに変形させ、藤島小百合を締め付けた。
藤島小百合が悲鳴をあげた。
それは実に奇妙な悲鳴だった。
苦しんでいるようでもあり、そして…悦んでいるようでもある。
まるで感情豊かな赤子の鳴き声のような。
「足りない」
藤島小百合が呟いたかと思うと、肉が裂けるのも厭わず、彼女は棘の輪っかから無理やりその肉体を引き抜いた。
「少し良い。でもやはり足りない」
自分の肉体が裂けて溢れ出した黒い液体を舐め上げ、藤島小百合は不服そうに目を細める。
「じっとしていなさい」
寒川は須崎伽耶たちを抑えている手を銀の泥の波から離した。
「八田さん。そっちは頼んだわ。すぐに戻るから」
「えっ!?あっ!はい!」
水羽は戸惑いながらも、銀色の泥に拘束されている須崎伽耶たちが動き出さぬよう、呪符を貼り付け、鈴を鳴らす。
「全く…」
寒川は藤島小百合を睨んだ。
寒川の全身が、銀色に包まれる。
頭も、髪も、指先まで全てが銀色にコーティングされた。
「本当に…貴女はやりたい放題ね。お仕置きが必要かしら」
銀色の女神となった寒川は闇の上を滑るように移動して藤島小百合の前に立った。
寒川が、銀の手のひらから生やした銀色の剣で、藤島小百合の腹を切り裂く。
「良いっ!でも浅いっ」
飛び散る黒い血の飛沫を浴びて、藤島小百合は心底嬉しそうに笑う。
邪悪なる霊は、獰猛な獣のように折り曲げた指のその先の鋭い爪で寒川を切り裂く。
銀色の身体に火花が散る。
「お前じゃ私は倒せないよ」
藤島小百合の周りから、黒い触手が無数に伸び、寒川に襲い掛かる。
寒川はそれを、冷静に切り裂いていく。
「どうかしらね」
寒川は低く構え、一気に飛び出して銀の剣で藤島小百合の腹部を突き刺した。
容赦のないひと突きだった。
藤島小百合の唇は苦しみに歪んでいたが、ほんの僅か口角は上がっていた。
羅那はそれを見逃さなかった。
「終わった…?」
恐怖心で完全に腰が抜けている愛維が呟いた。
空間の奥に聳えているあの性器のような奇妙な物体がどくんと鼓動を始めたかと思うと──裂け目が開き、息を吸い込むかのように藤島小百合を飲み込んだ。
「今のは一体…」
羅那は呆然とその奇妙な物体を見つめていた。
奇妙な物体の女性器のような裂け目が開き、どろどろと液体が溢れ出した。
液体と共に、生白い色の肉塊がどろんと流れ出てくる。
それは生白い無数の手や指の絡まり合った塊であった。
また、妙な胸騒ぎが羅那を襲う。
指の塊が解け合い、ゆっくりと開いていく。
絡み合う指指は、まるで蝶の羽のような形を成していた。
無数の手や指で構成された羽を持つ蝶のような姿と成った裸体の藤島小百合は、不敵に笑った。
寒川に斬られた傷は塞がっている。
「あれを壊すべきだったか…」
寒川が顔を顰めた。
「もう遅いよ」
藤島小百合はその手指の羽を羽ばたかせた。
突風と共に、粉が飛び散り、粉を浴びた身体から力が抜ける。
「貴女たちはあの物体を壊して!私は彼女を…!」
寒川は自身の銀色から生成した剣を人数分置いて、藤島小百合に飛び掛かった。
羅那たちは痺れる身体でなんとか剣を拾い上げ、藤島小百合を進化させた奇妙な物体まで這うように移動した。
「はぁはぁっ…これっ…刺せば良いの!?」
乃恵が脚を震わせながら言った。
「それしかない…」
羅那は銀色の剣を振り上げ、奇妙な肉塊に振り下ろした。
剣の先が、肉塊を引き裂くその柔らかくてぶよぶよした感触が手に伝わってくる。
肉塊はまるで生きているようにぎゃあぎゃあと悲鳴を上げる。
間髪入れずに叶夢が剣を突き刺し、肉を抉った。
乃恵もそれに続いた。
「ううっ無理…私できない…」
愛維が首を横に振る。
「愛維!何言ってんのこんな時に…」
歌巴は声を震わせながらも、これでどうだと言わんばかりに銀の剣で肉塊を切った。
澪も歌巴を真似るようにして剣を振った。
後ろでは、水羽が須崎伽耶たちを止め、さらにその奥では寒川が藤島小百合と殺し合いをしている。
粉のせいか、寒川の動きが鈍くなっている。
明らかに力が入っていない。
攻撃を塞ぐのに精一杯だ。
寒川の銀色の拳が藤島小百合の頬を思い切り殴りつけるが──藤島小百合は笑っていた。
「この辺にしておこうか」
藤島小百合は大きく羽ばたく。
多量の粉を浴びせられた寒川はふにゃふにゃとその場に崩れ落ちた。
「ねぇさっき…誰をお仕置きするって?」
藤島小百合が、仰向けに倒れた寒川を見下ろしてニヤリと笑う。
「無駄よ…今の私には効かない…」
「うふふふ。そうなの?でも…くすぐり上手な私の指がこーんなにたくさんあったら…話は違うんじゃない?」
藤島小百合は、羽となっている無数の手指をウニョウニョウニョウニョと蠢かせた。
捕食するつもりだ。
「人には必ず弱点がある。お前にもある。だから…そこをこちょこちょ炙って殺しちゃおうね」
藤島小百合が寒川真冬に覆い被さる。
「くっ…!?」
こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ…!!
無数の指はこちょこちょと音を立てて銀色の身体をくすぐり尽くす。
「くくくくっ!!?くふっ!?くくくくくくっっ…!?」
粉によって無力となった寒川は、無数の指にこちょこちょと撫で回され、くねくねとスタイルの良い身体を悶えさせている。
「流石っ大人なだけあって我慢強いねぇ…でも…私の生指にやられたら…どうかな?」
藤島小百合は細くて長い悪魔のような指をワシワシと折り曲げ、その指先を寒川の腋の下に滑り込ませた。
「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょっ!!!」
寒川の銀を剥がすように、指先と爪の先とが神経を掻きむしる。
「ぶっっ!!?くふふふふふふはははははははははははははははは!?くっ!?っっふはははははははははははは!!?」
寒川が悔しげな笑い声をあげ、長い手脚をバタつかせる。
「ほぉら…堪らないねぇ…こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ…」
自分の指と爪で悶える寒川を愉しげに眺めながら藤島小百合はさらに指を這わせていく。
「ひひひひひひっ!!?っっふふふふふ!?ふははははははははははははははははははははは!!?あっっはははははははははは!?」
退魔師としても刑事としても多くの怪異と戦ってきたであろう寒川が耐えられないほどのくすぐりだ…やはり藤島小百合の指は相当な技を持っている。
寒川を守る銀色が剥がれていく。
「うふふ。見えた見えた。生身が見えた」
藤島小百合は寒川のスーツを脱がし、シャツ姿にひん剥いた。
「これでこちょばしやすくなったねぇ…」
藤島小百合が自身の指とそして羽となった無数の指にヌルヌル液をまとわせ、一斉にこちょこちょこちょこちょと蠢かせた。
くすぐったそうな地獄の指どもだ。
藤島小百合は今度こそ、寒川を完全に捕食するつもりなのだ。
寒川の顔に焦りが浮かび、寒川は力を振り絞ってその場からの脱出を試みた。
しかし。
「捕まえた」
地獄から来たくすぐり蝶と化した藤島小百合はその無数の指で構成された羽で寒川を包み込んだ。
「くっ…!?」
寒川の目に絶望が浮かんだ。
「いくよ?こぉちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょぉーっ!!!」
数千を超えるであろうヌルヌルの指が一斉に寒川のシャツの中に入り込み、その薄い表皮の上をこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょと這い回った。
「はっっ!!?ああああはははははははははははははははははははははっ!!?くはっ!?はははははははははは!!?ぎゃはははははははははははははははははーっ!!?」
寒川の長身が千切れそうなほど暴れている。
無数の指は腋の下をこちょこちょこちょこちょと食べるように掻き回し、おっぱいを爪でワシワシと掻き立て、腰骨をグイグイと揉み込んでいる。
まさにこちょこちょフルコースだ。
「お仕置き!お仕置き!お仕置きは楽しいねぇ。ほらほら…今はどんな気分?」
藤島小百合は長い舌で捕えた獲物である寒川の頬をべろべろと舐め上げながら、夥しい数の指で寒川の全身をこしょぐり回す。
こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ!!!
「あっっっはははははははははははははははははははは!!?まっっまだっっ勝負はっっ!!しょうぶは終わってっっなぃぃぃぃっ!!っっひひひひひ!?ひはははははは!!」
強気の発言をする寒川だが、その顔はぐちゃぐちゃに崩れている。
「へぇ…まだ余裕があるんだ?」
藤島小百合は寒川の身体をひっくり返し、足首を掴んだ。
革靴を脱がし、足の裏を剥き出しにする。
「はぁはぁっ!!まさかっ…」
「うふふふっ。降参ですって言わせてあげる」
藤島小百合は自らの細長い指をうねらせ、その爪の先を足裏にぴとりと着地させると…
こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ!!!っと足裏を掻きむしった。
「いやぁぁぁぁあああああああああああ!!?あへはは!?ははははははははははは!!?はっっはははははははははははははははははは!!?そこはっ!?そごはっ!?やめぇぇぇぇっ!!」
寒川の顔がさらに崩壊し、逆さ吊りのまま無様に暴れる。
まるで駄々をこねる子供のようだった。
「ここ?ここが良いの?そっかそっか…ここかぁ…」
藤島小百合はサディスティックにそう言って、爪の先でゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリゾリと土踏まずを引っ掻き殺していく。
「あぎゃぁぁあああああはははははははははははははははははは!!?かはっ!!?はっ!!?はっっははははははははははははは!!うひひひひはははははは!?」
寒川の生命力が、足の裏からどんどん削り取られていくのが分かる。
なんとかしないと。
しかし、この藤島小百合の回復装置である肉塊の破壊も続けねばならない。
「ほぉらほぉらこちょこちょだぞぉ?こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょぉー!!」
「あっっっはははははははははははははははははははははは!?はっっはははははははははは!?そこにっっ触れるなぁぁぁぁぁっっ!!あははははははは!?」
寒川の鋭い口調も、今は無力。
どんな言葉を吐いても、足の裏を爪でくすぐられるだけで情けなく震え上がってしまっている。
「へぇ…触っちゃダメなの?じゃあ…これは?」
藤島小百合の口から長い舌が伸び、足裏をベロベロにゅるにゅると舐めくすぐる。
「にょあっ!?あああっ!?あはははは!?あへへへへへ!!?っっへへへへへ!?ははははははははははははははははははははは!!?」
寒川はギョッとした顔のまま、長い足指をくねらせて呻いた。
硬い爪やツルツルとした指先のくすぐりばかり浴びせられていたところに舌による舐めくすぐりは効果抜群だ。
「とろとろに溶けるまで舐めてやろうか…」
藤島小百合は邪悪に笑いながら長い舌を器用に操って足の裏の足指の間までベロベロベロベロこちょこちょこちょこちょとくすぐり回していく。
「いひひひひひひひひ!!?ひひひひははははははははははははは!!?あっっはははははははははははは!?んぁっ!?んぁぁあははははははは!?」
寒川の笑い声にだんだんと張りがなくなっていく。
「まずいっ…!」
羅那の隣で肉塊を割いていた叶夢が、銀の剣を肉塊に深く突き刺したまま、寒川の方へ駆けていく。
「叶夢ちゃんっ!?」
羅那の声も聞こえていないのか、叶夢は無我夢中で走り、そして、何かで藤島小百合の喉を突き刺した。
藤島小百合のあの奇妙な声が轟いた。
「お前っ!くそっ!」
藤島小百合が濁った声で叫ぶ。指の羽がぼろぼろと崩れ落ち、蝶は片翼となる。
片翼の蝶は空間を震わせる怒声を上げ、寒川と叶夢は吹き飛んだ。
叶夢の握っていたものが羅那たちの近くまで転がってきた。
「これっ…」
刃の部分がどす黒くべったりと汚れたその刃物は──千年呪物の般若の包丁だった。
「いい加減にしろ。忌まわしいもので私を刺しやがって」
藤島小百合は肩を震わせ、口が裂けるほどの呻き声を上げた。
周囲の邪気が湧き上がっていくのを感じる。
「やばっ!?」
真冬の銀と、水羽が抑えていた須崎伽耶たちが再び暴れ出す。
「全員殺す。全員を捧げてやる。誰にも私の邪魔はさせない」
藤島小百合の邪悪な声が闇に響く。
空間を埋める闇が暴走し、黒い荒波となって羅那たちを飲み込み、漆黒の液体で縛り上げた。
いち早く逃げた愛維だけが、機能を失った女性器型の奇妙な物体の陰に隠れているのが見えた。
「どいつから殺す?ううん…全員同時に殺そうか。と見せかけて…やっぱり一人ずつ殺しちゃう?」
羅那のすぐ足元の波は荒れ狂い、黒い嵐が空間をずたずたに裂いていく。
その嵐の中心で、藤島小百合はケタケタと嗤っている。
「愛維っ!それでっ…それでこいつをっ刺してっ!」
黒い嵐の中、叶夢が叫んだ。
愛維のそばにはまだ、般若の包丁が転がっている。
あれがそばにあったから、愛維は助かったのだ。
「そんなっ…そんなのっ」
愛維はガタガタと震え、包丁に手を伸ばしたものの握れないでいる。
あれは呪物だ。使えばタダでは済まないかもしれない。特に愛維のようなタイプは。
それでも、もう方法は残っていない。
「お願い。みんなのためにっ…」
叶夢は消えそうな声でそう言った。
愛維は震える指で包丁を握り、立ち上がった。
「無駄なことを…」
藤島小百合が嘲笑うようにして黒い波を愛維に向ける。
愛維は息を切らし、全身を震わせながらもその場で高く飛び上がり、般若の包丁を投げた。
包丁は美しく回転し、邪悪なる霊の額に突き刺さった。
藤島小百合の目がぎょろりとひん剥かれ、黒い嵐が消えた。
「足りないっ!これでは足りないっ」
藤島小百合は般若の包丁を引き抜き、取り乱したように叫ぶ。
額からは黒い血が流れている。
「分かってるよ」
「はぁっ!?」
藤島小百合の瞳に映るのは、銀色の剣を構えた羅那だ。
「貴女が欲しいのは、霊力のこもった攻撃じゃない。そうでしょ。貴女が欲しいのは"これ"──」
羅那は剣を突き出す。
異常なマゾヒズムを持つ藤島小百合が求めているものを与えてやるために。
"退魔する"ではなく"痛めつけてやる"というそれだけの感情を抱いて羅那は銀色の剣で藤島小百合の胸を貫いた。
藤島小百合の甲高い声が頭の中に響き渡った。
それは苦痛と悦びの入り混じった声。
大きく大きく大きく開かれた三白眼から、きらきらと光る涙が溢れ出し、頬を伝っていた。
黒い髪からは潤いが消え、皮膚も干上がっている。
細く細くなった脚でその身体を支えきれなくなったのか、藤島小百合は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
とても眩しくて、尊いものでも見るような目で、藤島小百合は羅那を見つめていた。
「これで満足でしょ。もう贖う者になる必要はない」
羅那はその目でしっかりと藤島小百合を見つめる。
「さようなら。藤島小百合さん」
羅那は、小さくなった邪悪だった霊に向かってそう囁き、意地悪に笑って見せた。
「やっぱり知ってるんじゃない。意地悪ね──」
藤島小百合は悔しげに笑う。
その笑顔に亀裂が入り、やがて亀裂は全身に広がり、藤島小百合は朽ち果てた石像のように粉々に砕け散った。
※
ヒグラシが鳴いている。
空は今にも陽が落ちそうなくらいオレンジ色なのだが、なんだかいつになっても陽が落ちない気もする。
それでも、そろそろ帰る頃な気がしてきた。
だから私はそう言った。
「うん。まぁそろそろ行こっか。ってか何の話してたっけ」
朝礼台の上の伽耶が首を捻りながら立ち上がる。
「どうでも良いけど、なんかさぁすっごく長い間ここにいた気がするんだけどー」
校舎の日陰にいる春香がブーブー言った。
「奇遇だね。それ、私も」
伽耶が珍しく春香に同調すると、春香は意外そうな顔をして頭の上のタオルを落とした。
「私も〜」
朝礼台の下からヒヨコが出てくる。
確かに今日はいつもより長い間ここで話していた気がする。
「なんかお腹減ったな…」
私が呟くと、遠くにいたはずの春香が私の背中に飛びついてきた。
「ご飯いきたいってこと?そうだよね?やっぱりジョセフ?そうだよねぇー」
春香は私の肩を揉みながら勝手に意見を決めてしまう。
「どこでも良いわ。さっさといこー。あれ?あっちにいるの梨緒と和真じゃない?」
伽耶が、ずっと向こうにいる二人の影を指差した。
校庭の向こうに校門はない。
その向こうにはただ大きな大きな夕陽が浮かんでいるだけだ。
あっちに行っても仕方がないと思う。
それでも、あっちに行くべきな気がした。私たちも。
私たちは吸い込まれるように大きな大きな黄昏の海へと進んでいく。
こんな気分は初めてなのに、なんだかとても懐かしい気がした。
すごく清々しい気分だった。
帰ったら何しようかな。そんなことを思う。
──END?──
死者こそが何よりも尊く畏れ多き存在であることを知らしめる計画は不完全な状態で終わりを告げた。
しかしそれでも、少しでも彼女は思い知ったと思う。死者の恐ろしさを。
あの日から五年が経った。私が起こした惨劇から。
あれから随分と人が死んだ。私の周りの人はみんな死んでいく。
私は死神のようなものなのかも知れない。
やはり贖わねばならない。彼女のことも。みんなのことも。
今度は、私の番だ。