シニンノカゲ:4章part3
🕑 Added 2025-07-13 13:15:28 +0000 UTC
3. 藤島小百合
※
困難を乗り越えてこそ幸福を感じるんだとか、人生は山あり谷ありで、その困難もあとから思い返すと良い思い出になるのだとか、人は苦しみを経験してこそ強くなるのだとか。
そういった言葉を何度も聞いてきた。
でも。
私の未来に危機は必要ない。
山があるのも、谷があるのも、それは今だけで良い。
私の見据える未来は、平坦であって欲しい。
未来が平坦であるならば…平坦にするためならば、今、なんだってする。
"あれ"がいつ外に流れ出るか分からない恐怖が私を脅かす。
あの日、あんな偶然がなければ──
──私はこんなに怯える必要はないのに。
アイツをあんなに警戒しなくても良いのに。
これまで通り、仲良く出来たのに。
アイツのことを信頼出来ない自分が情けなく思う。
だけど、あの日からアイツが見せるようになったあの、私を哀れむような目が私を警戒させる。
もしも…"あれ"が流れ出てしまえば、私の未来は山あり谷ありどころではない。
山も谷も崩壊する。
今、私は最後の山を駆け上っているところだ。上手くいけば、これが最後の山となる。
山を登り切れば、そうすればきっと、山のてっぺんで虎谷羅那と同じステージに立てる。
全てを持っている彼女と。
彼女は間違いなく、容易に山を駆け上るのだろうから。
私の未来を脅かす"あれ"が流れ出るかどうか…残念ながら私には分からない。アイツ以外には誰にも。
だけど、たった一つ──未来を知ることが出来るかも知れない方法がある。
一生、アイツの握った"あれ"の流出に怯えていくなんて、嫌。
私は知りたい。
危険を冒してでも。
あれが流出することが、変えられる運命ならば、私は変えたい。
私は言い聞かせる。どんなに大変な道が待っているとしても、きっとこれが、最後の山なのだと。
※
──2022年12月15日木曜日──
放課後、羅那たちが二年一組の教室に集まったのは、"ホームルームでの報告"に衝撃を受けたからに他ならなかった。
ホームルームで教師は言った。
"松山愛維が昨日から家に帰っていない"
羅那は最初、その言葉の意味が理解出来なかった。
これまでの生徒の失踪にも衝撃は受けたけれど、今回はそれとは違う。
愛維は羅那と関わりのある──身近な人物である。そんな人物の失踪など、まるで実感が湧かない。
羅那はすぐに乃恵たちに集まるよう呼び掛けた。
前回の時のような気の重さや緊張はなかった。愛維がいなくなった衝撃と緊張と焦りが、気の重さを凌駕していたのだ。
ホームルームで報告を受けてから、ずっと、羅那は指の震えが止まらなかった。
拳を握り締めても、手汗で冷えて、さらに手は冷たくなる。
まさか。
まさか愛維は──。
この前の、愛維に向けられた死者からの手紙の文言が頭をよぎる。
羅那たち五人の女子生徒は、夕陽の差し込む女王の玉座の周りを囲むようにしていた。
座っても良かったのだけれど、腰を下ろす気にはなれなかった。
「昨日、愛維のお母さんから電話来たんだよ。0時過ぎだったと思う。でも、愛維って帰り遅くなる日もよくあるイメージだったからそんなに心配してなかったんだよね…」
乃恵が顔をしかめながら、スマートフォンを振った。
「電話も…繋がらない感じ…だよね」
羅那が言うと、乃恵たちは同時に首を縦に振った。
「愛維も…首無しに…連れて行かれちゃったの…かな」
歌巴が恐る恐る旧校舎の方を見た。
歌巴の顔はいつにも増して青白かった。
「どうだろう…」
羅那は目を閉じ、ちぃちゃな顎をごんごんと拳で叩いた。
「首無しに連れて行かれる以外で失踪することって…あるの?まぁまだ…失踪したって決まってないけど…さ」
澪が不安げにそう言った。
目を閉じていても、澪の視線を強く感じる。
首無しに連れて行かれる以外の失踪──それは。
それは、愛維が自ら旧校舎へ向かったかも知れないということ。
つまり──。
「実はさ…」
羅那は目を開け、背筋を伸ばした。
そして、乃恵たちにこの前の使者からの手紙のことを告げた。
「じゃあ愛維は未来を知るために…また"くだん"のために…旧校舎に忍び込んだってこと?」
叶夢は眉を曲げ、山猫のような目を大きく剥いた。呆れているような顔に見えた。
「愛維…なんでそこまでして…」
歌巴がははっと乾いた笑え声を漏らした。怖がりの歌巴からすれば、未来予知のためにあの校舎に入り込むなんて考えられないのだろう。
「っていうか…どうやって旧校舎に入ったの?鍵…ないでしょ」
乃恵が腕を組んで自席にもたれ掛かった。
そうだ。今、旧校舎へは立ち入れない。愛維お得意の用務員から鍵を拝借する作戦だって通用しないのだ。
「鍵なんてなくても入ろうと思えば入れるよ」
叶夢が言った。
全員が、叶夢を見た。
「そんなに変なこと言った?鍵がなくても入れるって…当たり前だよ」
叶夢は冷静な顔のままそう言った。
叶夢の言う通りなのだけれど、羅那の頭にはその考えはなかった。
建物に入るには鍵が必要で、それ以外なら首無しに連れて行かれるとかそういう超常的な条件が必要なものだと思い込んでいた。
「窓を割るとか…?」
歌巴が首を傾げてバットを振るような真似をした。
「まぁそれもあるかも。でも、そんな派手なことしたら流石に騒ぎになっててもおかしくない。だからその可能性は低いとして…」
叶夢はこめかみに指を当てた。
「もし、愛維が手紙の死者に呼ばれていたんだとしたら…鍵は必要ない…とかさ」
そうかも知れない。
もし、死者にいざなわれていたのなら鍵などなくても、ドアは開いていた可能性はある。
あの校舎は、そういう校舎だ。
「でもさぁ…なんで帰ってこないんだろう。くだんって未来を教えてくれる妖怪なんだよね?それなのに…なんで愛維は帰ってこないの?くだんは人を襲うの?」
澪の浅黒い顔が僅かに青くなる。
「くだんに食べられちゃったとか…じゃないよね」
歌巴が小さな声でぼそりと言った。
「くだんが人を襲うかどうかは分からないよ。私も会ったことないから…でも、言い伝えではそう言う説はない…だけど、あそこにはくだん以外にも…色々といるから…」
それに、くだんとやらが
本当にくだんである保証もない。
くだんの名を騙った別の存在である可能性も高い。
例えば、首無しなり他の悪霊なりが生者を誘き出すための餌として未来予知を使っている──可能性もあるのだ。
羅那がそう言うと、乃恵と叶夢は大きく頷いた。
「い、色々いるって…くねくねのオバケとか電話のオバケ以外にもいるの…?あそこ…」
歌巴は恐ろしげに言ってよろけ、隣の澪の肩を掴んだ。
「この前、水羽さんが遭遇した怪異たちだけでも七人いるから…」
羅那はそう言いかけて言葉を止めた。
「どうかした?」
乃恵が目をぱちぱちとさせる。
「ちょっと待って」
羅那はリュックを下ろし、焦る手でファスナーを開け、ノートを取り出した。
この前、旧校舎で拾ったノートだ。
七不思議が羅列してあるページを開く。
⭐︎旧校舎の七不思議リスト⭐︎
・女子トイレの巨人
・赤電話のレニー
・生首水槽
・くね子さん
・保健室の瓶詰め女
・鏡の中の女
・多目的室の猫女
羅那が開いたページを、乃恵たちも覗き込む。
澪の肩越しにノートを見ている歌巴がうわぁ…と声を漏らした。
「こんなに沢山…。退魔師さんはこれだけの数の怪異に遭遇したってこと?」
叶夢が顔を上げた。
「そう…らしいんだけど…」
羅那はスマートフォンを開き、メモアプリに記録してある水羽が遭遇したという怪異たちの一覧を確認した。
メモアプリの記録と、ノートの七不思議一覧を見比べてみる。
「なんか変。えっと…赤電話の怪異は電話を破壊したから水羽さんが遭遇した時にはいなくなっていたとして…やっぱり、"鏡の中の女"だけいない…」
「鏡の中の女?」
乃恵が腕を組んだまま、不思議そうに言った。
「うん。この前、水羽さんと旧校舎に入った時、遭遇したんだ。その時は私たちに早く帰るように警告してくれた…」
「じゃあ良いオバケ?」
歌巴の顔が明るくなる。
「どうだろう…すぐに消えちゃったから…」
「良いオバケだから退魔師さんを襲いに来なかったんじゃない?」
歌巴は人差し指を立てた。その無理やり意見を押し通すような明るい口調からは、彼女の希望が滲み出ている。
「そうかも…」
確かに、全ての怪異が敵であるわけではない。
でも、味方だと判断するにはまだまだ情報が足りない。
でも。
「でも…」
羅那にはどうも引っ掛かる。
羅那の仮説では、校舎移転後に流れた七不思議──"新七不思議"の怪異たちは旧校舎時代に起きた失踪事件の被害者である。
鏡の中の女も同様である可能性が高い。
ならば、敵意剥き出しであったくね子や赤電話の怪異と同じ境遇のはずなのにどうしてあんな生者を助けるような発言をしたのか──。
羅那がそう言うと、叶夢がうんうんと頷いた。
「まぁ…見方を変えれば、"異質"…ではあるよね」
「その…鏡の女…?は、失踪事件とは無関係って可能性はないの?例えば…もっと昔からいるとか」
乃恵が自信なさげに人差し指をふにゃりと立てる。
「もっと昔…か」
羅那は、あの鏡の中の少女の姿を思い出そうとする。あの、今にも消えそうな微かな姿を。
「沢山のオバケの中でその鏡の中の女の子だけが昔からいるって、そんなことあるのかな…」
澪が落ち着きのない様子で両手の指を組んだ。
「いや…私にも分からないよ。当てずっぽう」
乃恵が背を丸める。
「いや…そうかも。乃恵ちゃん…そうかも知れない」
羅那が乃恵を見ると、乃恵は背筋を伸ばして照れくさそうに笑みを浮かべた。
「あの鏡の中の女の人…制服着てたんだけど…くね子のとは違った…気がする」
はっきりとは覚えていないけど、そうだったように思う。
「じゃあ…七不思議の中では"古参"ってところか…」
叶夢がノートに書かれた鏡の中の女という単語をとんとんと指差した。
「古参ってことは、他の七不思議とは別と考えて…それなら羅那たちを助けてくれたのも納得は出来るね」
歌巴は嬉しそうに言った。
「愛維は…誰に連れて行かれちゃったのかな」
叶夢が呟いた。
そう。
今の問題は、鏡の中の少女ではなく、愛維なのだ。
「まだ、怪異に連れ去られたとは限らないけどさ…」
叶夢はそこまで言って、唇を舐めた。
これまでに失踪している生徒とは違い、愛維の場合は首無しといる目撃情報がない。
愛維は単独で旧校舎に入ったのか。
それともやはり怪異の手引きがあったのか。
それともそれとも…別の存在か。
ではその別の存在とは──。
「"あの女"…なのかな」
羅那の頭にふと、あの得体の知れないワードが降りてきた。
「あの女…って…ああっ…」
乃恵が目を丸くした。
赤電話の怪異も、鏡の中の少女も"あの女"というワードを残している。二人とも、あの女とやらを敵視しているようだった。
あの旧校舎には何者かがいるのか、或いは、いた、のか。
「どうする?羅那」
叶夢が羅那を見る。
「えっ…」
どうする、か。
どうするべきなのか…決断できない。
愛維を助けにいくべきなのは分かっている。でも、状況が状況だ。
「今、警察の人が捜査してるんだよね?じゃあ…警察が解決してくれるんじゃ…」
歌巴は不安げに言った。
「でも…どうだろう」
叶夢が首を曲げた。
「叶夢…どういうこと?」
不安そうな歌巴の肩を撫でながら澪が叶夢を見る。
「うん。今の状況ってさ、警察がいても行方不明事件が起きてしまったってことだよね」
叶夢は同調してもらいたいのか、また羅那の方を見た。
羅那も頷いた。
「そう…だね。だから…うん…このままだとまずいのかも」
警察に任せていても失踪事件が解決しないなら、愛維も、他の生徒たちも──危険なままだ。
「でもさぁ羅那…私たちで行ってどうなるの?だってほら…退魔師さんでも逃げ出したんでしょ?」
歌巴が顔いっぱいに恐怖を浮かべ、身振り手振りをした。
歌巴の言うことはもっともだ。
だけど、時間の余裕はない。
羅那のスマートフォンが震えた。
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差出人: soki
件名: 旧校舎の件について急ぎ連絡
"藤島小百合には気を付けて"