シニンノカゲ:1章part1
🕑 Added 2025-04-26 14:35:07 +0000 UTC
1. 素敵な六人組
──昨日──
撮るよ、という"松山 愛維(まつやまあい)"の高い声がしてすぐ、シャッターが切られる風の機械音がした。
愛維のスマートフォンに、テーブルに身を乗り出してなんとか一枚の写真に収まった六人の女子生徒が映し出される。
センターを飾る愛維は、計算し尽くされた角度で飛び切りの笑顔を見せており、隣の"乃恵"は身を屈めてあくまで愛維を引き立てるような控えめな笑みで映っている。
他の三人だってそれなりに違和感なく写真に映っているというのに羅那は──。
カメラに映るのは慣れているはずなのに、なんだか笑顔がぎこちなくなってしまっている。
ピースも心なしか弱々しい。
胸元まで伸ばした黒い髪。少し目尻の上がった二重瞼の目。白い肌。高くも低くもない鼻。
見慣れているはずの自分の姿が、本当にぎこちなく見える。
これなら、心霊スポットを背景にして写っている時の方がよっぽど笑顔でいられている。
"虎谷 羅那(とらたにらな)"はそんなことを考えていた。
──そりゃそうなるでしょ。
自分に言い聞かせるその心の声も、フードコートの喧騒に消える。
周りには羅那たちと同じように学校帰りの高校生や、主婦たちでいっぱいだ。
羅那の左隣に座る愛維は、テーブルに置いてあるなんとかというお洒落なドリンクを撮影しているのだが、良い具合に写真に収まらないのか、何度も撮り直している。
松山 愛維。ショートヘアの髪は僅かに茶色がかっていて、目は大きくおまけにまつ毛が長い。
欧米人とかと混血なのかどうか羅那は知らないが、なんとなくそんな気にさせるくっきりした顔をしている。
小柄だけど、その小さな身体からは想像できないほどの圧力を彼女は持っている。
校則違反のメイクも余裕でキメてくるし、耳にはピアスだってぶら下がってる。
いくら生徒指導部の先生たちに注意されても、愛維は愛想の良い笑顔を振りまいて教師たちさえも丸め込んでいる。
羅那は興味がないが、学校内に生徒の力関係を示すピラミッドがあるとするのなら、愛維は間違いなくその頂点にいる。
「どう思う?」
愛維が肩を寄せてスマートフォンの画面を羅那に見せた。
画面には、さっき撮影したおしゃれで可愛いピンク色の飲み物が可愛く映っている。
SNSにアップする用の写真だろう。
「良いと思うよ。可愛い」
羅那はそう言って、微笑んだ。
それしか言えることはない。
もっとこうしろとかそういうアドバイスは出来ないし、かと言って無理やりアドバイスを絞り出してもそれは愛維の欲しい答えではないと思っているからだ。
羅那の無難な返事に愛維は満足したのか、羅那から離れてまたスマートフォンに夢中になった。
向かいに座る三人は羅那には分からない話をして盛り上がっている。
羅那は、右隣に座っている"鉢上 乃恵(はちがみのえ)"を見た。
乃恵もまた、頬杖をつきながらスマートフォンをいじっている。
乃恵は背が高く、脚も長くてスタイルが良い。
オデコを出した黒いロングヘアはサラサラしているし、お肌はスベスベで、爽やかで涼しげな印象を与える雰囲気を纏っている。
鼻も高くてどこから顔を見ても綺麗だ。
韓流アイドルみたいだと思う。韓流アイドルに詳しくはないけれど。
乃恵はよく目立つ。172cmの長身に加えて美人だからだと羅那は思う。
この前の文化祭でだって、ダンスの経験を活かしてステージでめちゃくちゃに目立っていた。
その時、愛維も一緒に踊っていたけれど、多分、乃恵の方が注目を集めていたように思う。
それでもいつも、乃恵は愛維の用心棒のように一緒にいる。
実際、過去に用心棒みたいに愛維を守ったこともあるのだと聞く。
羅那の視線に気づいた乃恵は頬杖をついたまま、そのくっきりとした二重瞼のぱっちりとした目でちらりと羅那を見て眉を上げた。
美人だけど、ちょっと幼いような不思議な顔立ちだ。
羅那はにこりと微笑んでおいた。
乃恵も、厚ぼったい唇の端を上げてにこりと笑みを見せたが、すぐに視線をスマートフォンに戻した。
何を話せば良いかは、分からない。
ここは多分、自分の居場所ではない。
羅那がそんなことを思ってもう三ヶ月以上経っている。
日本中を巻き込んだ復讐の呪詛事件の中で、羅那はインターネットでの立場を利用し、全国の人々にメッセージを発信した。
──生者より強い死者などいません。
あの時、呪詛相手に羅那はどうすることも出来なかったから、せめてそう
言い聞かせて大勢の人たちに持ち堪えて欲しかった。
あれが役に立ったのかどうかは分からないけど、
そのメッセージ動画がきっかけで羅那の"インターネットでの活動"が一気に同じ学校の生徒たちにも知られることになったのだ。
羅那のインターネットでの顔──心霊・オカルトを追求するWebサイト"鵺の館"の管理人であるという顔が。
これまではひっそりと続けていたし、現実の生活で羅那のもう一つの顔を知る者は少なかった。
だけど、今は違う。あの一件以降、羅那を知る者の数は現実世界でもインターネットの世界でも拡大した。
今や、学校の教師たちまで羅那の第二の顔を知っている。
だからか、二学期が始まってすぐ羅那は生徒指導部に呼び出された。
そこで、あまり学校についての発信はインターネットでしないようにと警告された。
特に、学校を特定されるようなことは。
──そんなことくらい分かってるんだけどなぁ。
そう思った。もちろん、口には出さなかったけど。
というか、こっちが隠そうとしても特定する厄介な人はどうしても出てくる。
学校中に広まった羅那の正体を、学年の頂点にいる愛維が知らないはずもなく、彼女から声を掛けてきた。
あれは二学期に入ってすぐの他クラスと合同の授業でのことだった。
──あの動画で助けられたんだよね。
愛維はそう言っていた。
お陰で命を救われたから感謝しているのだとそうも言っていた。
嬉しかった。
あの呪詛を、呪詛だと思っていない人も多い。あれは、何か変な病気だったのだとか、思い込みだとかそういった解釈をしている人々がほとんどだ。
事実を受け入れた上で、自分の行動に感謝してくれることが、嬉しかった。
そこから始まった。
この、松山愛維、鉢上乃恵、西原叶夢、笹木 澪、滝 歌巴からなる羅那がこれまで関わることのなかったグループとの関係が。
卒業まで絶対に関わることなんてないと思っていたグループの一員になるという不思議な日々が。
──羅那が私なんかと一緒にいてくれて嬉しいな。こっちが恩返ししなくちゃいけないのに。
愛維はよく、そういったことを言う。
それが本心だとは思わない。
羅那はインターネットでそこそこ名前が知れている。
愛維が好きな羅那というのはきっと、インターネットで影響力を持つ羅那だ。
愛維は、インターネットで"時の人"になりたいのだ。
だから多分、自分のことも踏み台くらいに思っているのだろうと思う。
そんな風に考えるのは自分でも捻くれてると思うけど、そういう理由がない限り、自分なんかに近づかないだろうと、羅那はやっぱりそう思うのだ。
これまでは、自分のことなんて視界にさえ入っていなかっただろうに。
愛維がスマートフォンをテーブルの上に伏せるように置いた。ようやくSNSへの投稿がひと段落したようだ。
「ねぇ羅那ぁ。怖い話してよ」
愛維があくびをしながら言った。
「えっ…」
いきなり話題を振られると思っていなかった羅那は思わず戸惑ってしまった。
「ごめん"振り"雑だった」
愛維は、とても可笑しそうにあははと笑って羅那の肩を叩いた。
羅那も、無理にお腹を使ってあははと笑う。
「ううんいいよ。どんなのがいいかな」
愛維たちに怖い話をすること自体は、珍しいことではない。
「うーん…"学校系"ないの?」
「あるよ」
羅那が言うと、隣の乃恵の視線が、向かいの三人の視線が一気に羅那に向いた。
みんな、怖い話は好きだ。
羅那も好きだ。
羅那の背筋が伸びる。
怖い話は、虎谷羅那のテリトリーなのだ。
「旧校舎の噂…知ってる?」
羅那のひそひそとした声に、五人の女子生徒たちが耳を傾ける。
「私たちの通う西倉山高校の"今の校舎"が元々、"姫咲学園(ひめざきがくえん)"っていう私立の学校の校舎だったのは知ってるよね」
「夏に壊れちゃったもんね…元の校舎」
向かいに座る"滝 歌巴"が眉を下げた。
そう。羅那たちが今年2022年の7月まで通っていた西倉山高校の校舎は、呪詛事件の戦闘により丸ごと無くなったのだ。
だから羅那たち在校生は、数年前に閉鎖された"姫咲学園(ひめざきがくえん)"という私立学校の新校舎をほとんどそのまま使うことになったのだ。
「私たちが使ってるのは新校舎。でも、あるでしょ…"旧校舎"が」
五人は頷いた。
新校舎のそばにある木々を抜けた先に、姫咲学園の旧校舎がある。
「そこって入っちゃダメだって言われてるところでしょ」
乃恵が言った。いつのまにか、頬杖をついておらず、聞き入るように羅那の肩に身体を寄せている。
「そう。どうして私たちがあそこに入っちゃ駄目だと思う?」
さっきまで何を話せば良いか分からなかったことが嘘のように、すらすらと言葉が出てくる。
その言葉に、五人の生徒たちが引き寄せられていく。
「古くて危ないからじゃないの?ちゃんと管理されてないだろうし」
乃恵が言った。
「勿論それもあるよ。だけどあの旧校舎ってまだ
新しいんだよね」
そう。旧校舎とは言うけれど、その建物は絵に描いたような旧校舎である木造建築…ではないのだ。
旧校舎は、比較的新しい鉄筋コンクリート造りの建物である。
羅那は実際に旧校舎を外から眺めたことがあるのだが、危険だと言われるほど老朽化しているようには全く見えなかった。
ならば何故、旧校舎への立ち入りは禁止なのか──。
それは。
「立ち入り禁止の理由は、
昔、あの旧校舎が現役だった頃…"生徒の集団失踪事件"が起きてるからって言われてるんだよ」
滝 歌巴が顔を引き攣らせ、隣の西原叶夢が眉をひくりとさせた。
「失踪事件?」
歌巴はそのアイドルみたいな愛らしい顔を引き攣らせたまま言った。
「うん。これは実際に当時の新聞にも載ってるんだよ。姫咲学園の生徒が学校内で一人ずつ消えていくっていく事件で、最終的には18人も失踪してる」
「じゅ、18人!?クラスの半分以上じゃん」
歌巴が自分の肩を抱いた。
「なんで失踪したの」
乃恵が羅那の方にさらに身を寄せた。
「これはまだ未解決事件だから…はっきりとした理由は分かってないよ。でも…失踪した生徒たちの中には、"学校に伝わる七不思議"を調べてた人もいたんだって」
「七不思議…」
叶夢が呟いた。
「あの旧校舎が使われていた頃に、七不思議の噂があったんだって。それが失踪と関係があるかは…分からないけどね」
事件をすぐに心霊と結びつけるのは良くないと思うけど、この事件は未だ未解決でしかも、人の理解の及ばない力が関係していないと説明のつかない事件だ。
「あの旧校舎は未解決の失踪事件の現場ってこと。だから私たちも立ち入りを許されてないってそういうこと──」
──だと思う。
羅那は怪談をそう締め括った。
怪談というより、実話なのだけど。
この噂は、この校舎に移る前から知っていた。
心霊好きならまず知っている有名な事件なのだ。
まさか自分がその現場と関係の深い校舎に通うことになるとは思ってもいなかった。
「うわぁなんか寒気する。ねぇ澪、今日は家まで送ってよ」
歌巴が"笹木 澪(ささきみお)"の腕に抱きついた。
「いいけど…いつもじゃんそれ」
澪は苦笑しながら自分の腕から歌巴を引き剥がした。
「ちょっとゾッとした」
乃恵がふふふと歯を見せて笑った。
普段、あまり笑っているところを見せない乃恵の笑顔を見るとなんだか安心する。
そんな中。
愛維だけがなんだか浮かない顔をしていた。
話が気に入らなかったのだろうか。
確かにオバケも出てこなかったし、派手な怪現象も出てかなったから不満だったのかも知れない。
──話のチョイス間違えたかな。
羅那がそんなことを考え、すっかりふやけた紙コップに手を伸ばした時。
「ねぇ羅那さぁ」
愛維が口を開いた。
羅那はコップに伸ばした手を止め、そのまま愛維を見た。
「旧校舎に出るって言う
未来を教えてくれるオバケの噂は、知らないの?」
羅那は口をぽかんと開けてしまう。
未来を教えてくれるオバケ。
そんなオバケの噂が旧校舎に関係しているなんて、聞いたことがない。
「えっと…それは…」
知らない。とも言えない。
愛維は、羅那ならば幽霊の噂のことをなんでも知っていると思っているのだ。
その期待を裏切るのが、怖い。
どう返事をすれば良いのか、分からない。
一秒、二秒の沈黙が何倍にも長く感じる。
このフードコートはこんなにも静かだっただろうかと思う。
「愛維。それ、前に言ってたやつ?牛みたいなオバケ」
乃恵が入ってきた。そのお陰で沈黙が破られ、羅那の脳裏にとある妖怪の姿が浮かんだ。
未来を教える、牛。
「それって"くだん"のこと?」
──件(くだん)。
「あ、なんかそんな名前!」
愛維の顔が一気に明るくなる。愛維の感情は本当に、分かりやすい。
「くだんは、妖怪だよ。頭が牛で身体が女の子とも言われているし、逆に頭が女の子で身体が牛とも言われてる。あの旧校舎にくだんが出るの?」
「うん。なんかそういう噂をさぁ聞いたんだよね」
愛維は言って、唇を尖らせた。
羅那は、旧校舎に妖怪くだんが出るという噂は知らない。
だけど、そういう噂があるなら、その噂があるということは事実なのだ。
「もし噂が本当ならさ、実際にそのくだんって妖怪に会って未来のこと…聞いてみたくない?」
愛維は羅那たち全員の目を見た。
「そ、それって旧校舎に行くってこと?」
羅那は恐る恐る愛維を見た。
旧校舎に行くのは校則違反だ。
「そう!」
愛維は元気よく返事して人差し指を立てた。
妙な緊張感が走った。
「それはさ…流石にヤバいんじゃない」
"西原 叶夢(にしはらとむ)"が頬杖をついて言った。
黒髪のミディアムショートヘア。二重瞼で少し目尻の上がったキラキラと輝いた山猫のような目。手首にはブレスレットが嵌められている。
叶夢は、いつも愛維にもはっきりと意見を言う方だ。
「ヤバいかもだけどさぁ…知りたく無いの?未来のこと」
愛維の問いかけに誰も首を縦に振らなかったが、横にも振らなかった。
未来のこと。
知れるものなら、知りたいかもしれない。
ただしそれは、リスクがないのならば──の話だ。
「お願い。一度だけでいいから…!」
愛維は両手を合わせて頭を下げた。
愛維が頼み込む様子など、滅多に見ない光景だ。
勿論、このポーズに本当に頼み込む気持ちが籠っているかは分からないけれど。
愛維には手を合わせてまでして知りたい未来があるのだろうか。
しかし。
妙な噂のある旧校舎に素人だけで立ち入るというのは──不安だ。
「だいいち鍵、掛かってるんじゃない?」
乃恵がもっともなことを言った。
「それなら大丈夫。鍵を管理してる用務員さんと仲良しだからさぁ…なんとかなるよ」
鍵を管理している用務員とは、比較的若い男性の用務員のことだろうと思われた。
愛維は、用務員さえ手懐けているようだ。
鍵を理由に愛維を諦めさせることは出来ないようだった。
「ねぇ羅那。いいよね」
愛維が大きな瞳で羅那を見つめる。
「えっと…」
なんと答えれば良いのか分からない。
妙な噂があるからと言って怪異と遭遇するとは限らない。
一度、行ってみれば愛維も諦めがつくだろうと思う。
それに───失踪事件など奇妙な噂の情報を何か掴めるかも知れない。
羅那は、頷いた。