ボイスレコーダーの間違った使い方 ②
🕑 Added 2022-04-02 04:00:00 +0000 UTC
「さて、説明の続きだ。ほい、鏡」
『うう……ホントに私がうつらない……不快です。なんですかこれぇ……私の人権がなくなったみたいじゃないですか……あうっ、つ、つつかないでくださいっ、セクハラで訴えますよ⁉』
「はは、悪い悪い」
身体を動かすこともできず、センパイがボイスレコーダーをつつくと、さわられた感触がして、鏡の向こうのレコーダーも同様に動く。
どうやら、本当に変身しているらしいと、顔すらない体で、何とかため息をつく。
『……おっちょこちょいなセンパイですけど、私をその辺のゴミ箱に捨てたりしたら、それで死んだら恨みますから……!』
「わっはっは。そりゃ怖いな」
怖い怖いと繰り返すセンパイだが、本当に怖いなら、こうしてクッキーをつまんだりはしないものだ。
『……元に戻せるんでしょうね』
「ああ、きっと」
『⁉』
幸いにして、レコーダーだ。音声を届ける機能はある。意思疎通ができないパターンを想像してみると、流れるはずもない冷や汗が流れたかも知れない。
二人の口喧嘩が一分くらい続いた後、
「……さて、本題に戻るが、お前、今自分が変身してるボイスレコーダー。見覚えがあるよな?」
「え、ええ、そりゃまあ」
二奈が変身しているのは、ポケットサイズの小型ボイスレコーダ。しかし、このデザインは、
「……某企業が売りだしてる、高性能ボイスレコーダーです。私たちだって仕事で使いますよね」
「ああ、そうだな。マスメディアには欠かせない一品だ」
それを扱う肉体はないけどな、と、センパイは笑う。笑い事ではないが、笑う。
「さて、そこで質問だ。二奈」
「な、なんですか……」
いやな予感がする。ただでさえ、この体になった時点で、元に戻るにはセンパイに助けてもらう必要がある。
元の姿を人質に取られているのだ。
『……お願いです。私に何かさせたいのは分かりますから……はっきり言って。お願いです。ただでさえ体が変わっていっぱいいっぱいなのに……』
「ん、まあそうか。そりゃそうだな。悪かった」
それじゃあ、と、今度ははっきり言ってくれた。
それは、仕事の話だった。
「ここ数週間、俺らが張ってた政治家、いたろ」
『あ、はい』
それは、二奈とセンパイが口コミから調べ出し、ある程度探りを入れていた相手だ。
少し泳がせてみようと放置して、そろそろ一週間がたつ。
ここで話が出たということは、結論が出たということか。
二奈の直感は、やはり当たった。
「まあ、あれだな。あれは黒だ。女性スキャンダル確定。ただ、証拠がちょっと弱い。記事に書くのとは別に、もっと直接的なのが欲しいんだよ。うまいことお前をホテルに忍ばせておくから、あいつの本性を肌で感じてきてくれ」
『ええ……』
政治家のスキャンダルに潜入。
ホテルに入る瞬間でもなければ、部屋に乗り込む瞬間でもなく、部屋の中で致している音声。
確かにそれが手に入れば、証拠としてはこれ以上のものはない。
確かに物の姿ならば、それも可能かもしれない。
かっこよく言えば、スパイに近い仕事だろうか。しかし、二奈は鋭く反応した。
『それだと私の役割は盗聴器ってことですよね。さすがに犯罪はちょっと。それに、普通のレコーダーじゃダメなんですか?』
「ダメだな」
『どうして』
二奈の質問はもっともだった。いまのご時世、数時間録画録音など、珍しくもない。
しかし、センパイは確信したように首を振る。
「もっと言えばな。お前が盗聴器になること自体も、全くもって問題ないんだ。違法にならないし、俺らの責任も問われない」
『……はい?』
よくわからない、といった様子の二奈に、
「……実はな。情報のリーク元、その愛人なんだよ」
「えっ?」
「うん。愛人さんが味方。莫大な礼金と引き換えに、味方してくれてるの。で、その人、この薬の話聞いたら、なんだかノリに乗っちゃってさあ。『その辺の男に聞かれるのは嫌だけど、可愛い女の子ならウェルカムよ!』と、お前をご指名してきたわけだ。モノに変わった美少女に見られながら致すなら、まだ心地がいいだとかなんとか」
「なんですかその性癖……」
「俺に聞くな。しかし、協力的なのはうれしいことだ。新聞記者にとって大事なのは、いかに情報に近い味方を作れるかだからな。お前が気に入られているというのは都合がいい。相手に失礼のないようにな。……いや、レコーダーだから失礼も減ったくれもないか」
まあ気にせずに行って来い。と、謎のバッグに入れられ、二奈の視界はそこで途切れた。
次に二奈の視界がクリアになったのは、ひどく豪華な雰囲気漂う、一部屋だった。
ただ、周囲の様子を見ると、リッチな家具の隙間にこっそりと置かれているので、あまり気分は良くない。
「ええ……ここって、ホテルだよね……いや、待って、これってレコーダーというより盗聴器なんじゃ、私……いや、協力者はいるわけだから……でも、なんかやだなあ」
話通りなら、今から知らない二人がエッチするところを、しっかり録音しないといけないのだ。
自分の体に、見ず知らずの光景を記録するのは、ちょっぴり気が進まない。
「でも、仕事だし……っ、来たっ」
ガチャリとドアが開いて、最初に入ってくるのは、デブでハゲの中年。
使命感があったはずの二奈の心は、一瞬でひびが入る。
見たくないなあ。嫌だなあと、そんなことをぼんやり考えていれば、後ろから相当な美女がついてきた。
「……っ!」
彼女は気づいたのか、はたまた最初から知っていたのか、二奈のレコーダーの方向へ向いて、一礼をし、
(あれ、微笑んだ……?)
二奈の困惑などいざ知らず、政治家の隣に腰掛けた。