いまいましいメス豚に 前編
🕑 Added 2020-11-28 12:15:29 +0000 UTC
「ぷぎいいっ!、ぷぎいいいっ!!」
一匹のメスの豚がみっともなく泣きわめいていて、それを見つめているのは一組の男女。
かなり立派な豪邸に住む二人は、しかし随分みみっちい雰囲気で言い争いをしていた。
「…もう、許してやったらどうだ?さすがにずっとこのままってのもかわいそうだし、本人も別に悪気があったわけじゃあ…」
「甘いですよ貴士さん。」
たかしという男の申し出は、しかしあえなく女性によって切って捨てられる。
女性の名前は、園子(そのこ)といった。
「貴士さんが優しいのは仕方ないことです。私もそこが好きですからね。でも、それ故にメス豚がまとわりつくのなら、それを振り払うのは妻である私の仕事です。」
「…いや、でもさすがに本当に豚にしてしまうのはどうかと思うんだけど。かわいそうだ。」
「ぷぎいいっ、ぶひいいっ!」
「あらあら、自分のあるべき姿になれてうれしそうじゃないですか。…一生そのまま豚としてあさましく生きていけばいいわ。そうねえ、その辺の牧場にでも売り払ってやりましょうか。」
「ぶひいいっ!ぶひいいっ!!」
「うるさいわねえ。発情?」
面白そうに、豚になった女の乳首を指ではじく。
「ぴぎいいっ!!」
「ふふっ、豚にふさわしい変な声。そうだわ。鏡張りの部屋にでも閉じ込めておきましょう。自分がどんな姿になって、どれだけ醜いか、しっかり理解してもらいましょう。」
「園子…」
そして、貴士が何かを言う前に、園子はあっという間に鏡張りの部屋に豚を監禁してしまったのだった。
「ぶひっ!ぶひいいっ!ぶひいいいっ!」
(ちょっと!もどして!豚のままなんていやよ!)
鏡張りの部屋で、一匹の豚は寂しく吠える。
されど、人の声は、豚の声は届かない。
「ぶひいいっ、ぶひいいいいいっ!」
(貴士さんっ、おねがいですっ、元に戻して…)
思い人に助けを求めるも、声が届いているかすら、彼女には分からない。
その豚の、否。その元人間の名前は、千弦(ちづる)といった。
彼女の不幸は、恋人がいる人を好きになってしまったこと。
そしてもう一つ、魔法使いの夫に恋をしてしまったことだった。
だが、
(でも、告白くらい、させてくれたっていいじゃないですか…)
そう、別に一線を超えたとか、不貞を働いたとか、そういうことをしたのではない。
千弦のしたことといえば、思いを素直に貴士に伝えただけ。
それが偶然園子に聞こえてしまった。たったそれだけの行動で、たったそれだけの不幸である。
その不幸の連鎖が、今の結果につながっている。
(それにしても、それでも、まさか豚になるなんて…)
千弦だって乙女だ。スタイルには気を使っているし、好きな人にはきれいな自分を見てほしいと、日ごろから自分磨きもしっかりしていた。
その反面、今の豚の姿は、あまりにもむごいことでないかと思う。極めつけはこの鏡張りの部屋だ。四つ足で動く肉の塊。つぶれた鼻でふごふご言っている豚の姿。
それこそが、今の千弦の姿なのだ。
「ぶひぃぃ・・・」
誰の助けも来ないまま、一人醜い声をあげるだけだった。
千弦は一つ勘違いをしている。
千弦が閉じ込められている部屋、確かにそれは鏡張りで、豚の姿をいくらでも自覚できるように、悪質にできている。
しかし、それはただの鏡というわけではなく。
「どうですか、貴士さん、マジックミラーの部屋です。向こうからは鏡にしか見えないけど、こっちからはあのメス豚のみっともない行動がいくらでも見えるんですよ!」
「分かった。分かったから落ち着け。」
恋敵の不幸を喜ぶ妻に、千弦を憐れむ夫。
一連の行動は、すべて筒抜けで、防音がしっかりしていたことが不幸中の幸いだったのかもしれない。
「いくら真っ裸といってもこれで興奮する男性などいないでしょうし。ふふ、いい気味です。」
「それはそれとして、俺の中でお前の評価が現在進行形で下がってきてるからな。」
「なぜに!?」
「…まじか。」
前々からわかり切ってはいたことだが、園子は敵とみなした人間に一切の容赦がない。ヤンデレもある程度入っているが故の本質ではあるが、それでも貴士としては、これだけの言葉を伝えても一向に自分の異常さに気づかない彼女を、冷ややかな目で見つめるほかない。
魔法使いと結婚するにあたって、ある程度覚悟はしていたことだ。こういった些細なトラブルは、少しずつ、ならしていって、減らしていかなければならないと、プロポーズを受けた時に決めたじゃないか。
貴士は忘れかけていた覚悟を思い出し、園子に告げる。
「ちゃんと、最後には元に戻してあげるんだよ。」
「ええーっ、嫌ですよ!あんなメス豚は豚肉に加工してチャーシューにでもしましょうよ」
猟奇的なことを堂々とのたまう園子。
これはあれだ、シリアストーンでいかねば伝わるまい。
そう考えた貴士は、
「園子」
「ひゃい!」
「俺はあの子に告白されただけで、ちゃんと振った。あの子も別にお前から俺を奪おうとか、そういうことを考えたんじゃない。ただ、自分へのけじめをつけたかっただけだ。」
「はい…」
「だから、きちんと、振る側と振られる側がしっかりけじめをつけただけ。お前はきっちりしたのが好きだろう。」
「いや、別にそんなことは…」
論点がずれてきたが、こういう時は勢いだ。
「要するに、あの子はメス豚でも何でもない。お前に敗北宣言しようとした誇りある敗者だ。君に屈した人間にひどいことをしてはダメだ。」
「そ、それは、まあ…」
「今日中に元に戻すように。」
「はい…」
いかに魔法使いとはいえ、旦那の命令には逆らえない。それが正論っぽければなおさらであった。
だが、それはそれとして園子としても何かしらしてやりたい気持ちはある。
「分かりました。今日の夕方には元に戻しましょう。ですが、私の要求も通してください。それで落としどころにしてくださいな。」
自分の気持ちを考えてくれと、貴士に詰め寄る園子。無下にすることもできず、
「…話を聞こうか。」
園子はスマートフォンのような道具を取り出し、悪女のごとく微笑んだ。