ともまれだち 前編
🕑 Added 2019-11-29 07:21:07 +0000 UTC
2012年6月5日
用具の片づけを終え、グラウンドの整地も終えてもまだ陽は高く、夏の近づく気配をまざまざとその肌で感じていた。
一年ももう半分が過ぎようとしている。
なんだか時間が過ぎるのがこのところ早いなあ、なんて、年寄りのようにしみじみとしながら北原誠(きたはら まこと)は部室に戻って着替えを始めた。
もっと金のある高校のサッカー部ならば、練習の後に汗を流すシャワー室なんてあるのかもしれないが、辺鄙な田舎の高校の弱小サッカー部にそんな贅沢な設備は無い。
早く家に帰って、ひとっ風呂浴びたいなあ。こんどはおじさんのような語彙でそんな事を考えていると、不意に背後から体の自由を奪われた。
「なーあ、まこりん、帰りコンビニでなんか奢ってくれよー!からあげとかソーセージとか、なんか肉系のもの食いたい!」
何かと思えば、チームメイトの葉山良太(はやま りょうた)が自身も着替えの最中に、いきなり飛びついてきたらしい。
それは良いが、お互いに着替えの最中で、汗ばんだ肌同士で密着してきたのでそのむさ苦しさに誠は思わず眉間にしわを寄せた。
「だーーー、やめろ、きもちわりー!!つーか、なんで俺が奢んないといけないんだよ、アホっ。」
露骨に嫌な顔をしながら、身を激しく捩って離させると、良太は唇を尖らせながらわざとらしくしなを作る。
「えーーーー!!ひどい、まこりんっ!今日がオレの誕生日だってこと、忘れちゃったのーー?」
良太のそんな冗談交じりの訴えに、誠の口からは「あ」と素の声が漏れた。
言われて初めて今日のこの日が良太の誕生日であるという事実が頭の中の引き出しからぴょんと飛び出していた。
良太とは中学以来の友人だ。
なんだかんだで毎年お互いの誕生日には色んな形で祝ってきたのだが、高校進学以来目まぐるしく変わっていく日常の中で完全に失念してしまっていた。
「なんだよ。ガチで忘れてんじゃん。ひでー。」
誠の様子からその内心を察した良太は、本人も急速にテンションを落として仏頂面を浮かべたので誠は慌てた。
「いや、忘れてたってわけじゃねーけどさ!咄嗟に頭から出てこなかったってだけだべ」
「そういうのを、忘れてるって言わねーか?」
じとっと自分の事を見据えてくる良太の形の良いたれ目に誠はしどろもどろになりながらも弁明を繰り返した。
良太は他の事には大概ざっくばらんで大雑把な奴だったが、人の誕生日を祝うということにかけては結構マメに気にする変な癖があった。
本人曰く、やっぱり1年に一度、自分が生まれた日の事は祝ってほしいから、だから人の誕生日もちゃんと祝ってあげたいのだと。
その話を聞いたときには、それは素敵な考えだと思ったものだが…。
「あーーもーーー、悪かったよ。何でも奢ってやるから、許してくれよ。」
「んーーーー、じゃあ、フランクフルトとからあげさんしょうゆ味とどん兵衛とメンチカツ。」
「少しは手加減ってものをしろや!」
傷ついたポーズをしながらも自身の食欲に忠実な良太に誠は思わず悲鳴を上げた。
「相変わらず仲良い夫婦だなあ、君ら。」
2人のやり取りを傍で笑いながら聞いていたチームメイト達のうち、友人の木村拓斗(きむら たくと)が半笑いで煽ってきたので誠は全力で否定した。
「夫婦じゃねーし!!」
歯を剥く誠に対して、同じく揶揄われた身のはずの良太の方は可笑しそうに笑っているばかりだった。
そんな良太を見ていると、いちいち真面目に対応してしまう自分の方が間違っているような気がしてくる。いつものことだが。
───
誠と良太は、前述の通り中学1年の頃からの旧知の仲だった。
お互い小学校の頃からサッカー少年で、部活が同じだったのもありなんだかんだ一緒につるむようになったが、実は他に共通点というものはあまり無い。
友達が多く、話好きな性格で、どちらかと言えばお調子者の部類に入る良太に対して誠はおっとり型で少ない友達とだけ緩やかに過ごしたいタイプの人間だった。
なので、良太には誠以外にも他にも友達はいただろうが、それでも一番長い時間を共に過ごしているのはきっとお互いだろうと誠は自負していた。
少なくとも、お互いに好きな女の子や女優の好みを言いあったり、下の話をする程度には仲の良い、友人同士だった。
「サンキュー、まこりんっ」
下校途中のコンビニで要望通りのものを奢ってもらった良太はご満悦で、あつあつのフランクフルトに豪快にパクついては大げさに歓喜の叫びを上げる。
対して、財布の中身に絶大なダメージを受けた誠のその表情には影が差していた。
お小遣い日まではあと半月。
なぜ自分は親友の誕生日を忘れていたのだろう、と今更ながら後悔した。
だが、これで数少ない友人のご機嫌が治るのなら安いもの、と強引に割り切ることにして他の友人達とも並んで自身もコロッケにソースをかけてパクつきながら家路につく。
「いてててて……。」
表情を曇らせつつ腰に手を当てる誠に、さっきまで喜色満面だった良太がメンチカツを咀嚼しつつ寄ってきた。
「えっ…なに?まこりん、そんなに小遣いやばかったの?」
散々奢らせておいて心配そうに覗き込んでくる良太に誠はいやいやと首を横に振る。
「違う、腰痛だよ…。最近なんかズキズキするんだよなぁ……。」
それもまた、年寄り臭い悩みと思われるかもしれないが、スポーツをやっている若者の中には肉体の酷使でこういう悩みを持つことは別に珍しい事では無かった。
「整体でも治らないの?」
別のチームメイトに問われても、誠は頷くことしか出来なかった
確かに、時たま近所の整体師のおじさんに協力してもらって皆でお世話になることはあったが、彼らはあくまで整体のプロであって医者ではない。
「なんか筋肉そのものが痛いって感じなんだよなー。先生に言ってしばらく休もうかな…」
誠のその言葉に一番真っ先に難色を示したのは良太だった。
「えーーー、まこりん休むんならオレも休もっかなー。まこりんいねーんじゃつまんねーし。」
「なんでだよ、お前は別になんとも無いんだろーが…。」
うししし、と唇をひしゃげておどける良太に対して、呆れ顔で突っ込む誠。
そんな彼らのいつもの漫才を前に、他の友人達も生ぬるい笑みを称えていた。
「ほんと君ら仲良いなあ。」
周囲からまたもそんな言葉が飛ぶと、すかさず否定する誠。
けれど、実際のところ良太からの好意を感じたりお互いの友情を周囲から認識されることに関してはまんざらではなかった。
これがもし逆で、良太の方が部活を休むなんて言い出していたら、誠の方こそ士気を削がれていただろう。
だからこそ、良太の方から同じ意味の言葉を投げかけられたのは内心ではくすぐったくも嬉しかったりした。
本人にそんな事を言えばいい気になるのが目に見えているから決して口にはしないが。
「整体じゃなくて、按摩っつーか、マッサージ的なところ行ったら?俺の家の近くに個人でやってるとこあるけど、おばはん達がよく行ってるぜ?」
「マッサージか。そうか、そういう手もあるなあ。」
さらに木村がその店の名前を教えてくれたので、誠は礼を言いながら少し本気で通院を考える事にした。
一応携帯で検索してみると割と古く昭和の時代から開業している店舗のようだが、簡素なHPが一応は上がってきて、大体の場所を把握する。
「いいなあ、オレも行こうかなあ~。」
またも良太が適当な事を言ってきたので、今度は特に突っ込まずに笑って流す。
「だって、マッサージって気持ちよさそうじゃん。もし良い感じだったらオレにも教えてよ!」
「あー、はいはいはい。わかったわかった。」
その後も良太や他の仲間たちと雑談しながら帰路についていると、人数は一人、二人と減っていき、最後の分かれ道まで良太と二人で並んで歩いた。
良太とは自宅も割と近いところにあった。誠の家は持ち家だが、良太の家はマンションの2階。自転車で3分とかからない距離だ。
「んじゃーーな!!まこりん!!!」
北原家の自宅前に着いたところで、良太は部活後とは思えないほど元気な声を張り上げて、手を振りながら帰っていった。
家に帰ればまた母が苦笑しているに違いない、と思いつつ瞳に焼き付いてぼんやりと残る良太の満面の笑顔に思わず唇が緩んでしまう。
ちょっと調子乗りだけど、悪い奴では絶対無い、というか良い奴なんだよな。
たれ目のサル顔はそれなりに愛嬌があるし、笑った時に見える大きな前歯は白い光を反射して清潔感はちゃんとある。
いつも彼女が欲しい彼女が欲しいと言っているけど、黙っていれば絶対モテそうなのに。
モテないのは多分、愛嬌のありすぎる性格の方に問題があるような気がしなくも無い。
でも、良太が部活を休むのもつまらないが、もし良太に先に彼女が出来たらと思うとそれもそれで自分はきっと寂しく思うだろう。
想像して少し焦燥のようなものを覚えながら、同時にそんな自分に気持ち悪さも感じた。
「きもちわり。ホモかよ、俺。ただいまー。」
わざわざ考えなくてもいい心配をさっさと頭のどこかに放りやりながら、誠は自宅のドアを解錠した。
俺も早く彼女欲しいな。
玄関に入ると、誰にも聞こえる事の無いような小さな声でそうやって一人嘯いていた。
2012年6月9日
部活の無い週末の昼間、誠は早速、木村に教えてもらったマッサージ屋の店舗へと脚を運んでいた。
拍子抜けするほど近所にあったその建物はまるで昔の家屋をそのまま店舗に改造したかのようなそんな佇まいだった。
したかのような、というより、実際そうなのだろう。
「小野寺按摩院」と書かれた古い木の看板の横に「小野寺マッサージサロン」と別のプラスチックの看板が貼られ、付け焼刃感を醸し出している。
サロンと書かれていながら、サロンらしさはどこを見ても見当たらなかった。
どうしようか、ここは果たして自分が入ってもいいような場所なんだろうか、と店の前で軽く足踏みしていた。
入り口の張り紙には「全身もみほぐし 60分 1500円」とあり、金額的にはそれほど身分不相応というわけでは無い気がしたが。
意を決して中に入ると、待合室では中年の女性が3人、施術を待っている間、携帯電話を弄ったり本を読んでいる姿が見られた。
木村の言う通り、確かにおばさん達にある程度常連がいるのだろう。
受付には誰も見当たらず、どうすればいいのかと立ち尽くしていると、脇の通路から施術が終わったらしい女性が一人すっきりした面持ちで出てくる。
その後を追って、白衣を着た浅黒い肌の男性が一人奥からやってきた。
やや中年太りしたその男がこの店のマッサージ師兼店長か。まるでこの店は彼が一人で切り盛りしているかのようだった。
白衣の胸元には「小野寺」と刺繍がされている。
「お、新しいお客さんかなぁ?こんにちは、今日はどんな御用で?」
誠を見るなり朗らかな笑顔を浮かべて応対してくれる店主に、誠は一応作り笑顔を浮かべて。
「あーあの、すみません、ちょっと背中とか腰の筋肉が痛くって。」
「はいはい、わかりました。それじゃあ、ここにお名前その他を書いてお待ちくださいね。診察券はあとで作りますね。」
問診票のようなものは書かないのだろうか。
確かに病院では無いが、形だけでもそういうものを書くものかと思いきや、言われるままに名前や生年月日、来院理由などを記入して、待合室のソファで順番を待った。
一人、二人と店の奥へと入っていく。あの小野寺という男性以外にも、流石に他にも施術者がいるのだろう。それはそうだ。
よく見ると、受付の脇に各曜日ごとの施術者の予定表が張り出されていた。休日は水曜日、それ以外の平日の8:30~17:30、土日の午後には開院しているようだ。
もしここに通院することになるとしたら、学校や部活の関係で土日にしか来れないだろう。
色々考え事の後は、携帯電話を弄っていると30分ほど経ったところで名前を呼ばれた。
自分の担当は、どうやら小野寺本人のようだった。
個室に通されて、少し安心した。
自意識過剰かもしれないが、他の客も隣に並んでいるような場所であまり無防備を晒したくはない。
「こんにちは、今日担当します。小野寺です。」
誠の着衣を軽く脱がせながら、男は目を細めて人の好さそうな笑顔を浮かべた。
やや肉付きの良い体格といいその容貌は男前とは言い難かったが、医者と同様自分の身を任せるにはこういった相手の方が却って向いているのかもしれない。
「背中と腰が痛いって?ちょっと触らせてね?」
上半身を裸にしたままベッドにうつぶせになると、小野寺はそんな誠の背中にタオルを乗せ、その上から指圧を重ねてくる。
慢性的に感じるズキズキとした痛みの上からさらに指の腹で押され、思わず小さなうめき声を上げた。
「ああ~~、かなり凝ってるね~。何かスポーツやってるのかな?トレーニングもあんまりやりすぎると却って良くないよ?」
「サッカーやってます。うーん、そんなに極端に鍛えてたつもりは無いんスけど、俺が虚弱なのかなあ…」
「へーーー、サッカーかぁ。かっこいいねえ。いやいや筋肉とか骨格自体はしっかりしたもんだよ。やり方が問題なんじゃないかな。」
そのまま施術が開始されると、按摩の気持ち良さも加わってか誠はいつもより饒舌に身の上話などを交えてしばらくの間談笑をしていた。
「北原君、かっこいいからモテるんじゃないの?彼女とかいるの?」
「いーや、全然そんな事無いですよ。いつも野郎ばっかりでつるんでますよ。彼女欲しいですねー。」
気持ち良さとリップサービスですっかり気の緩んだ軽口を叩いていると、今度は仰向けに転がるように言われた。
「そういや、ここって結構昔からやってるんですか?」
誠が聞くと、腕の筋肉を丹念に指圧しながら小野寺は小さく何度か頷いた。
「今年で20年ってところかな。今は小奇麗なクリニックもいっぱい建ってるからねえ。おかげで常連のお客さんはおばさんばっかりだよ。」
「はは、そうなんだ。じゃあ俺みたいなのは珍しいのかな。」
「そうだね、久々に若い子の肌を触らせてもらってちょっと嬉しいなあ。」
小野寺の冗談に、誠は少し引っ掛かりを覚えつつも乾いた笑い声を立てた。
腰や背中だけでなく、特に異常の無い全身の筋肉を解されると、それでもいくらか心地良さがあった。
たとえ相手がおじさんだろうが、他人に肌に触れてもらうというのは悪くないものなんだなあ、と文字通り体感していた。
「ん?」
誠が本気で通院を考えていると、突然これまで心地良さしかなかったはずの体に奇妙な感覚を覚えて一瞬身を強張らせた。
「あ、ちょっと動かないで、リラックスしててね。」
小野寺は相変わらず穏やかな笑みを作っていたが、その節くれだった大きな手は、今は野暮ったいトランクス一枚の誠の股間を手のひら全体で包み込んで、揉みしだいて来た。違和感の原因は明らかだった。
とてもではないが、言われるままリラックスなど出来る心境では無かった。
「ちょっ…と、なんですか?これ…っ…」
一応形だけでも笑みを浮かべつつ誠が問うと、おじさんはうんうんと頷く。うんうん、ではない、と誠は思った。
「性感マッサージって聞いたことあるだろ?気持ちいいし、すっきりするよ?折角だから、体験していきなさい。」
さらっと飛び出てきた小野寺のとんでもない言葉に、瞬間、誠の前身に鳥肌が浮かんでいく。
「いやっ…いいっス!!そういうのは!!マジで!!!!!」
冗談ではなく怖気を走らせながら誠は身を捩った。恐ろしい事に、今自分の陰嚢は小野寺の大きな手に掴まれ、握られている。
奏している間も、自分の球を指でコリコリと揉まれているのが伝わってきて、思わず足をバタつかせる。
「そんなに嫌がらなくても、相手が僕だと思うから良くないんだよ。好きな子の事でも考えていたらいいんだよ。」
そういう問題では無い。
いかに肉体的快感があろうと、今日初めて会った、おそらくはホモのおじさんに自分の体をいいようにされるという事実がガマンならない。
おそらく相手が友人の良太達だったとしても、同じ男に身を任せる事に誠は抵抗を感じただろう。ゲイ差別というわけではなく、自分の性的嗜好がそうなのだから、どうしようもない。
けれど、急所を握られている今の状況は非常に危うい。
「ほらほら、気持ちよくなってきただろう?」
陰嚢をやんわりと揉まれ続けたと思うと、次第にパンツの中で自分の陰茎が質量を増していくのが自分で分かって、この上ない屈辱を感じた。
心の中は生理的嫌悪一色であるにも関わらず、物理的刺激で反応してしまう自分の雄に対して恨めしさがあった。
このままではまずいとハッキリ認識した誠は、穏やかな彼に似つかわしくない行動に出た。
「あのっ!!!!!!!すみません!!!!!誰か!!!誰かいませんかーーーーー!!!!!」
慌てるあまりにやや裏返りながら大きな声を上げると、そこでようやく小野寺は顔色を変え、誠の急所から手を離した。
ようやく解放されたことで、誠も声を荒げるのを止め、そのまま肩で息をつづけた。
どうやら声は誰にも届かなかったようだが、もし小野寺がまた同じことをしてきたら何度でも叫ぶつもりでいた。
そんな誠の強い意志を感じたのだろう、小野寺は苦笑しながら肩を落とした。
「そんなに嫌がらなくてもいいのに………。」
どの口でそんな事を言えるのか、誠には理解できなかったが強く睨みつけると小野寺はマッサージ終了を告げた。
ベッドから跳ね起きると、誠はこれ以上ないくらいのスピードで着衣を整えて受付の方へ向かった。
「いくらですか?」
やはり受付にやってきた小野寺に対して、誠がつっけんどんに聞くと、小野寺は口止め料のつもりか「お題はいいよ」と言ってきたので遠慮なく財布を出すことなく、誠じゃ店を後にした。
本来なら慰謝料でも欲しいくらいだったが、もはやあのクリニックと店主に関わりたくは無かった。
気分直しにハンバーガー店に入り、やけ食いでもしようといくつかハンバーガーを注文したが、もったいない事に、あまり食欲は出せなかった。
2012年6月11日
「おはよ。どうだった?マッサージ。」
休み明け、朝練開始の前に何の悪気も無く聞いてきた木村に、誠はどういう顔をしていいかわからなかった。
元はと言えばお前のせいで、と言いたい気持ちはあったが、木村自身は親切で教えてくれたのだ。
そんな色々が表情に滲み出ていたのだろう。木村は何かを察してそのままテンションを落としてしまった。
「もしかして、あんまり良くなかった?」
「いや、そういうことはないんだけど………。」
最後で全てが台無しになったとはいえ、マッサージそのものの効果は絶大で、こないだまで悩んでいたのがウソのように体から痛みは消え去っていた。
店主がホモでさえなかったら、常連になっていたかもしれないのに。
何かあった事は察したものの、その内容までは知らない木村も反応に困ったままさっさと着替えに戻ってしまった。
「はよーーーっまこりんっ!!」
すると、それと入れ替わるように良太がいつものように元気よく肩を抱いてきた。
こちらのテンションなど意に介することも無く、今日の弁当の話など始める良太に、なんだか逆に安心してしまった。
朝練と朝の授業を終え、昼休みになってからも良太はわざわざ誠の教室まで来てくれた。
ぶんぶんと振られている尻尾が見えそうですらあった。
いくら中学からの腐れ縁とはいえ、良太の方がここまで自分を好いてくれているのは嬉しいが、不思議だ。自分と違って他に友達がいないわけでもあるまいし。
「そういやさ、こないだ言ってたマッサージどうだったん?行ったん?」
油断していたところで口の中を飯粒いっぱいにした良太が不意を突いてきたので、飲んでいた牛乳を詰まらせそうになった。
「行ったけど…………。」
木村の時と同様、なんとも言葉に困っていると、木村と違って察するなんて高度なことの出来ない良太は無邪気そのものの目で続きを待っていた。
その顔を見た誠は、なんだかアンニュイになっている自分がバカらしく思えてきた。
「行ったけどさー………マッサージしてくれたおっさんがすごいキモくってさ。通う気にはなれなかったな。」
重要なところはボカしつつ口にしてみると、なんだか本当にたわいもない話だったように思えてきて、心の中の重石が取れたような感覚がした。良太のおかげと言ってもいいかもしれない。
「へーーーーっ、キモいって、どんな感じにキモいん?」
「いや、キモいはキモいでいいだろ。うーーーん、なんか脂ぎってるし、太ってて……。」
肝心な部分を言えないだけに、表現したいキモさに対して適当な言葉が見つからない。
最初に見た時には人が好さそう、と思えたあのおじさんの顔は今と思い出してみるといやらしいニタニタ笑いとしか感じられなくなっていた。
キモいとかキモくないは結局は主観によるもので、形だけ表現してもナンセンスだ。
「まこりんが人の事そんな風に言うって珍しいなあ、何かされたん?」
直球で核心を突いてくる良太に、流石にそれ以上は言及できなかった。
ホモのおじさんにセクハラされて変なところまで握られた、なんてとてもじゃないけどかっこ悪くて言いたくない。
「なー?なー?」
「あーーーもーーー、しつっこいなあ。いいじゃん。キモいオッサンの話なんかしたくないんだよー。」
にも拘らず、こういう時に限って好奇心丸出しの良太の顔をむんずと乱暴に掴んで返答そのものを拒否してやった。
誠が本気で口を閉ざしたと見るや、あからさまにふて腐れた顔をしていたが、それもほんのわずかの間の事で、すぐに別の、サッカーの話や女の子の話が始まったので、誠ももう例のマッサージ屋の件は記憶のタンスの奥へとしまって、忘れる事にした。
2012年6月25日
先日の傷心な出来事からもなんとか脱却し、そろそろ夏休みの事でも考えようか、いや、それより先に期末テストをなんとかしなければ、そういう時期に差しかかっていた。
試験勉強のことで気もそぞろながら、屋上に上がって束の間のランチタイムで息抜きをしていると、一緒に弁当をかっこんでいた良太が、一人唐突に思い出し笑いを始めたので、誠は怪訝な表情を浮かべた。
「そういやさ、まこりん……っ…くっくっく……っ………。」
「なんだよ、キモチ悪ぃなあ………何?」
ひとしきり含み笑いしたかと思えば、飯粒を飛ばしながらようやく話し出す良太。
「オレ、こないだ行ってきたぞ…!あの、例の、キムが言ってたマッサージ屋。」
良太のその言葉の意味を理解するまで、誠はしばし呆けた顔をしていたが、次には素っ頓狂な声を上げた。
「はあぁ!?何やってんだよ、お前~~~!!!お前、あの話の流れで、どうしてそういう事になるんだよ!!」
元々お調子者で、誠に比べればはるかにアクティブな性格ではあるが、そんな良太のまさかの行動に流石に長い付き合いとはいえ驚かざるを得なかった。
「いやあ、だって、まこりんがあんまりキモイキモイ言うからさ、そこまで言われたら逆に見てみたいと思ってさあ~………。」
たれ目を細めながら、なおもくっくと喉から笑いが漏れる良太に、その様子からどうやら自分の言っていたキモいの全容はある程度知られているだろうと見て取れた。
「お前………っ……知っちゃいたけど、ホンット、アホだな…っ…………行って後悔したろ?」
自分から蛇の巣をつついて噛まれたような良太の行動に、言い過ぎかもしれないがつい思った通りの感想を口にしてしまう。
けれど、自分が強烈な生理的恐怖を感じたあの体験を、良太は面白おかしく話してくるので、ある意味感心した。
「いやぁ、知ってて行ったから結構面白かったぜ?最初はさ、なんだ普通のオッサンじゃん?話もオモロイしーとか思ってたのにさ。」
思い出し笑いと共に繰り出される良太の体験談は、誠が体験したものとほぼその流れは一致していた。
例の事があるまで、自分もあのオッサンには好感すら持っていたというのに。
「そしたらいきなりチンコ握ってくるじゃん?引くわー………『女の子と付き合う前に触られ慣れしてた方がいいよ?』とか、必死にも程があるっつーか…。」
良太の話に、誠は共感と共に思わずうんうんと頷いていた。良太の話を全肯定で聞くというのも珍しい事かもしれない。
自分と同じ体験した相手と感情を共有することで、ほぼ完全にあの時の心の傷は解消されつつあった。
「いやーーでも、確かに気持ちよかったけど、触ってもらうんなら、やっぱり女の子がいいな。オレ。触ってくるのがおっさんだと思うとなぁ…。」
と、そこで良太の言葉にそこまでとは違う何か聞き捨てならないニュアンスが入ったことに気付き、頷きかけた誠の首はそこで止まった。
「え、と……?………あのさ、気持ちよかったっていうのは、マッサージの事だよな………?」
誠の言葉に、良太も笑顔のまま一瞬呆けたかと思えば、うんにゃ、と否定の声を出した。
「まこりんも、抜いてもらったんだろ?オッサンさすがマッサージ師つーか、同じ男だから気持ちいいとこ分かんだろうけど、すごかったなー。あれでオッサンじゃなくて、綺麗なお姉さんとかだったらなー…。」
良太の言葉を聞いてすぐは言っている事を理解することが出来なかった。
いや、意味は分かるが、それが本当に起きた事とは思いたくない自分がいた。
ただひたすら、ははは、と作った笑い声をあげていた。
これは一体、どういう反応をすればいいのだろうか。
本当の事を言うべきだろうか。でもそうしたら良太に「裏切られた」と思われたりはしないだろうか。
しかしこのまま黙っていたら、自分までホモのオッサンにチンコを弄られた残念な奴になってしまう。
「なーーー、どうしたん?まこりん?なんか、ちょっと、ヘンじゃね?まこりんも、あのマッサージ行ったんだろ?」
良太らしくもなく敏感にこちらの異変を感じ取って顔を覗き込んできた。
本当に、なんでこういう時に限って聡いのか。
「いや………行ったけど………抜かれはして、ない…かな……俺は。」
結局は本当の事を言ってしまった。
元々嘘をつきとおすというのは誠の性格では向いていない。
すると、今度は良太の方が反応を変える番だった。
「はぁ?抜かれてないって、んなわけないじゃん、おっさんキモかったって言ってたじゃん。まこりん。」
「確かに言ったけど………そりゃ、チンコ触られた時点で既にキモいじゃん………だからオレめちゃくちゃ焦ってすぐ逃げたっつーの。」
根拠のスカスカな良太の言葉に対して、誠の言葉の方には明らかに理があった。
良太のおめでたい頭がようやくその事を咀嚼した時には、その口からはついに頓狂な声が上がった。
「はあぁぁぁ~~~!!??あのオッサン、まこりんも抜いて帰ったって言ってたぜ?だからオレもしてもらったのに…っ!!!」
「いやいや、してもらってないって………てか、俺がしてもらったから自分もいいやって、なんだその思考回路。」
冷静にツッコミを入れながらなんだか胸から込み上げてくるものがあった。
それは、目の前で赤い顔をしながら「だまされた~~~!!!」と拳を握る良太の姿を前に、爆笑という形ではっきり表れた。
しかも、タダにしてもらった自分とは違い、良太の方はオッサンにチンポを弄られた上に、しっかり1500円を支払って帰ってきたらしい。
その事が完全にツボに入って、今度こそ誠はその場で蹲って震え続けなければならなかった。
「笑うなよ、まこり~~~んっ!!!!」
「いや………だって、笑うだろ、こんなん……っ……。」
おっさんにチンポ弄られてやんの。
珍しく誠の方からからかってやると、弁当もどこかに打ちやって飛びついてくる良太。
少し悪いかなという気がしなくもなかったが、結局は良太の自業自得なのでそういう意味では堂々と揶揄う事が出来た。
そして、そんな良太の反応が余計に面白く、なんだか可愛いとすら思ってしまった。
「他の奴には言うなよー!言ったら絶交だからな!!!まこりん!!!」
また今時言わないような絶交なんていう言葉を持ち出されて、今はもう何を言われてもおかしい。
言われるまでも無く、誰にも言うつもりは無かった。
現時点で知っているのが自分しかいない以上、バラしたことは一発で分かってしまうし、良太と絶交するのもいやだ。
ひと時、思いがけず一人だけ笑いの絶えないランチタイムを過ごした後、誠は再び授業と試験勉強に戻っていった。
「ともまれだち」 中編へ続く