悪魔の追想 14 先行配信
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2013年10月26日
とうとうやってきた土曜日。
この町に生まれてこのかた、美術館なんて行ったことも無ければどこにあるのかすら知らなかった智希であったが、美術館の建物は普段よく行く書店やホビーショップのある中心街から徒歩数分程度で行ける場所にあった。
よくよく見れば、特徴的なお椀型をした緑色の屋根やレンガ仕立ての赤土壁にも見覚えはあったのだが、人間普段興味の無いものは視界には入ってもなかなか意識には刻まれないらしい。
「やべえ、超テンション上がるー。あっ……圭輔ー!そんなとこいないで、はやくはやく~!!」
けれど、今日のこの建物は智希の目には輝いて見えた。
正面玄関から今日の藤子・IF・不二雄展のキャライラストで彩られた立て看板を前に発奮し、鼻息を荒くしている様はいかにも僕は今浮かれていますと言わんばかりで、駅から既に合流していた圭輔の涼しい表情とはまさに対照的だった。
一足早く自動ドアを抜けた智希は、ホールに躍り出てすぐに辺りをきょろきょろと見回す。
前売りを用意していたためチケットの購入は必要なかったが、売り場に掲げられた表示によると特設会場は最上階の3階とあり、ほぼ建物の中央にあるエスカレーターを同じように今回のイベントにやってきた人の群れが登っていた。
智希と圭輔も揃ってエスカレーターで3Fに上がると、会場の前だけでなく3Fのフロア全体に藤子キャラクターをモチーフにした大きなフィギュアやジオラマが設置されていて、記念撮影にはまさにうってつけだ。実際、多くの客がそれらに群がって、携帯電話のカメラを向けている。
智希も写真は撮りたかったが、まずは何は無くともメインのイベントの方を楽しみたい。それからだって十分間に合う。
会場前も館員がまめに整理しているとはいえ密度の濃い行列が出来上がっていて、並びながら観察しているとどうやら何分かおきに数十人のグループ単位でオープニングでもある3Dシアターへ通されているようだった。
「なあ、まずは3Dシアターだって。どんなんだろうね?3Dっていうくらいだから、立体映像かな?」
「知らない。でも、あのチケットの値段でそんなもの見れるかな。」
特にゴーグルらしいものを使っている様子でもない入り口付近を見やって、圭輔は淡々とそう返してきた。
これから起きるであろう未知の経験に思いを馳せながら、智希は行列脇から今にも身を乗り出しそうにしていた。
ここのところ気が滅入る出来事が続き、特にあの村上という悩みの種を抱えてしまった今、折角の待ちに待ったイベントも集中して浸れなかったらどうしよう、誘ってくれた圭輔にも悪い、なんていう心配をしていたのだが。
いざ当日になってみればそんな事関係なく、それはそれ、これはこれと割り切ってこの藤子・IF・不二雄展に心を傾けてしまえていた。
案外人間とはそういうものか、智希個人が単に楽天的なだけかもしれないが。
順番が回ってきて、シアターが始まると重厚な扉に閉ざされた暗い密室の中で、荘厳なBGMと共に壁に当てられたスポットからキャラクター達がまるで本のページをめくるように飛び出してきて、テレビや漫画の中と同じように活躍を始める。
実際には、特殊なプロジェクターと錯視を利用した変則的なアニメーション上映といったところだったが、そんな理屈はこの際関係無い。
音と光の洪水という表現が相応しい幻想空間の中、大好きなキャラクター達がこの場に本当に生きているかのように乱舞する光景に、智希は声も出せずに夢中になって見入っていた。
実際の上映時間こそほんの数分に過ぎなかったが、出てきた直後も智希はしばらくの間、夢見心地でいた。
これでもまだ、プロローグが終わっただけに過ぎない。
智希が事前に知って楽しみにしていたイベントは他にもまだまだある。
原画展に、クイズラリー、作者の藤子先生の仕事場再現コーナー。
「わはぁ~~~~、ねぇ、どうしよう圭輔。どこから見に行こっかっ?」
「トモ。人が多いから、はぐれないようにしないと。」
落ち着きをどこかにうちやった智希に対して、圭輔はやはり冷静に諭すと、智希の小さな手を取ってぎゅっと握る。
ただでさえ連休初日で、街中の美術館という大して足も必要ない場所だ。
学生達はデートに、お父さんはちょっとした家族サービスにはもってこいのイベントだろう。
その分、場内はスペースの割に結構な人口密度となっている。
かといって、手を取られた智希は足を止められたのもあって一瞬虚を突かれた顔をするや、握られた自分の手から視線を圭輔の顔へとゆっくり移した。
「………なに……?…これ?」
握られた方の手をぶんぶんと振りながら智希が不思議そうに問うと、圭輔はさも当然とばかりに頷く。
「だから、はぐれないようにしないと。」
すっかり満足げな圭輔の表情に一瞬呆けてしまったが、その意図を察した瞬間、智希は今にも悲鳴を上げそうになった。
まさかとは思ったが、圭輔はどうやら、今からこの会場内をこのまま2人でお手々つないで散策するつもりらしい。
さっきまでの夢見心地はどこへやら、智希の両目は大いに釣り上がった。
「子供扱いすんのはやめろっってばー!!おれ嫌いなの知ってるだろ!?」
掴まれた手をやや強引に振り払うと圭輔はそれを追ってくることこそしなかったが、細めた瞳で憮然と見据えてきた。
「別に子供扱いしたわけじゃないよ。こうした方が安心だと思っただけで。」
そんな事言われても、智希からすればそれこそが子供扱いというやつである。
確かに、周りを見れば手を繋いでイベントを楽しんでる人々もいるにはいた。
が、それもママと一緒に遊びに来たオーバーオールの幼児とかそういう類である。
いくらなんでも中2にもなってあんなのと同じ扱いをされたのではかなわない。
大体、ここはレジャーランドでもなければ旅先でもない、近所の美術館の1フロアである。携帯だってあるし、もし仮にはぐれたからってどうということもない。
それじゃあ過保護を通り越して、二人でべったりくっついて、ひと時でも離れたくないみたいだ。
智希がしきりにイヤ、イヤ、と首を振るので、圭輔はとうとう諦めて一言「わかった。」と呟いた。
いくら友達だからって中学生にもなった男が仲良しこよし手をつないで歩くのは勘弁である。たとえ傍目には中学生同士ではなく高校生と小学生だったとしてもだ。
そんな自分が間違ってるとは思わない一方、目の前でなんだか気落ちした雰囲気の圭輔に智希は妙な申し訳なさも感じて。
「ん。いいから行こ、行こ?別に何もしなくたって、おれ、はぐれないからさ。」
「うん。」
背中をぽんぽんとはたいて、その手で腕を引っ張ってやると圭輔も気を取り直した様子で自ら足を進めだした。
折角の特別な休日なのだから、些末なことなど気にせずにしっかり楽しまなければもったいない。
手こそ繋がないが、色んな漫画の原画展を2人並んでゆっくり歩いて、眺めて、有名漫画家や著名人からのメッセージ色紙が所狭しと貼られている壁に智希はその視線を縦横無尽に走らせた。
展示室を抜けると、大きなスクリーンの前に子供達がわらわらと集まってるところに出くわした。
「あ!…映画やってる。これ、「のん太の恐竜」だ。」
上映されているのはどうやらアニメの劇場版のようで、今の時間は藤子先生の代表作である青いネコ型ロボットシリーズの記念すべき第一作を流しているようだ。
ファンである智希は当然にこの作品も視聴したことがある。
ストーリーは、簡潔に言えば主人公達が恐竜の赤ちゃんと一緒に恐竜のいる古生代の世界を冒険するという、子供の、特に男の子のロマンをいたく擽る内容になっていた。
智希も例に漏れずこの作品には思い入れがあるようで、画面に群がる子供達の後ろからしばし映像に見入っては、横の圭輔に解説を始める。
「このシリーズ全部好きなんだけど、おれ、この1作目がすごい好きなんだよね!圭輔、見たことある?」
すると、圭輔はいや、と首を横に振った。
日本の児童なら一度くらいは目にしたことがありそうな名作のはずだが、圭輔のことだ、本当に見たことが無いかもしれない。
「そっかぁ~……面白いんだぜ、本当に。恐竜の赤ちゃんがめちゃくちゃ可愛くってさっ。おれも恐竜の赤ちゃんが欲しいって、ちっちゃい頃駄々こねてお父さん困らせたなー。」
そうして泣いてぐずって、ごねまくって、しまいにやってきた母親に大概にしろと小突かれたところまでしっかりと覚えていたが、流石に恥ずかしくてその辺は省略した。
「そんなに面白いんなら、今度一緒に見ようよ。」
懐かしさと思い入れですっかり画面に向いていた智希の意識を、圭輔のそんな一言が引き戻した。
「おっ、いいね~!それ!!いっそ何本かまとめて借りてさ、どっちかの家で上映会やろっか!!お菓子とジュースも用意して……。」
思いがけない圭輔からの提案にウキウキで身を乗り出す智希。
その笑顔は、自分の好きなものを肯定してくれる人間を前にした時の親愛と無防備に溢れている。
圭輔は圭輔で、智希を喜ばせるツボを心得ていた。
「いいよ、うちおいでよ。俺の家なら他に誰もいないから夜でもゆっくり見られるし。二人っきりで、上映会しよう。」
「そっか、じゃあナイトショーだな!よおし!………あ、じゃあ次行こうぜ、これ以上見てたらネタバレになっちゃうもんな。」
さらに他の展示とアトラクションを小1時間近くかけて回り、その間も智希のテンションは留まる事を知らなかった。
会場の出口直前ではお約束のショッピングエリアが広がっていた。
これがまた、大作家のイベントだけあってなかなかの規模を誇っている。
人ごみのごった返す中を、智希は器用に泳ぎ回ってグッズを物色していた。
「あっはぁ!見て見て!圭輔!!!ヘリトンボ!!本物みたい!!」
それは漫画に出てくる空を飛ぶ道具、に見た目だけは似せた、カチューシャの上にプロペラが付いているだけのオモチャだったが、智希はそれを嬉々として頭にはめてプロペラを回して遊びだす。
圭輔はそんな智希を携帯で写真に収めたかと思えばやんわりと口元を緩めて、撮ったばかりの画面を見せて二人で笑いあった。
「よぉっし、これはカイのお土産にしてやろーっと!!うっひひひっ!…他には…どうしようかなぁ~。」
バスケ部員全員のお土産、となると2つや3つではとてもきかないだろう。
丁度、バスケ部の人数+αぐらいの個数の饅頭の詰め合わせを見つけたところで、智希の視線はその傍に陳列されていたとある玩具に留まった。
「うわ、わぁぁ…………。」
思わず、めいいっぱい開いた瞳が輝くのも無理は無かった。
そこには数ある藤子キャラクターの中で智希が一番愛してやまない青いネコ型ロボットの超合金フィギュアが鎮座していた。
智希の両の手でも包みきれない大きさのその玩具は持つとずしりと重く、それが何とも言えない高級感を感じさせる。
勿論それはディスプレイ用の品で、本物の商品は箱詰めにされたものがすぐ手前にいくつか並べられていた。
箱の説明書きを読むと、このフィギュアはどうやら中にアイテムの入ったカプセルを入れる事が出来る仕様になっていて、尻尾のスイッチをひっぱることでお腹のポケットからそのカプセルが飛び出す仕組みになっているようだ。
言うまでも無く、この猫型ロボットがポケットから不思議な道具を出すというアニメの中の設定をそのまま再現しているわけである。
要するに所謂ガチャポン式玩具であり、何も知らない人間からすればただそれだけの商品だが、藤子シリーズ好きからすれば魅力的なファングッズに間違いなかった。
「い、いいなぁ…これ。いくらぐらいするんだろ…?」
まだ自分のものにはなっていないにもかかわらず、とてつもなく素敵なアイテムと出会えたことに既に心は躍っている。が。
ひっくり返した箱の裏に貼られた値札を目にして智希の眉間に急速に皺が寄った。そこに書かれていた金額は中学生の経済力にとってはやや厳しいものがあった。
今日のこの日の為にお母さん銀行から自分の貯金をいくらか下ろしてきたはずなのだが、それを加えてもやや手に余る。
「ううぅ~……買えなくはないけど、他のお土産何も買えなくなっちゃうや…。」
以前の智希だったら後先考えずにレジまで持って行ったかもしれないが、これでももう中学生だ。
そういう計画性の無い事はあんまりしたくない。
一緒にいる圭輔にも、そんな自分を見せたくは無かった。
「トモ、これが欲しいの?」
ちょうど隣にやって来た圭輔が智希の様子に気が付いて声をかけてくれた。
「うー…ん。欲しいけど、今持ってる小遣いだとちょっと高すぎる…。また今度にしよ。」
気持ちに踏ん切りを付けるためか、そう言いきるや、抱えていたフィギュアを元の場所に戻して小さく頷く。
すると、それとまるで行き違うようにして、傍にあった売り物の箱の方を1つ、圭輔がひょいと持ち上げた。
持ち上げて、それを吟味するようにパッケージにしげしげと視線を落とす。
圭輔がそのキャラのファンだったという話は聞いたことが無いが、もしそうだったら智希としては嬉しい。
「そんなにこれが欲しいんなら、いいよ、俺がプレゼントしてあげる。」
その言い草は、ファンのものであるとは到底言い難かった。
が、そんな圭輔がいつものように静かに、けれどハッキリとそう言ったので、智希は本当に驚いた。
驚きすぎて目玉が落ちそうになっているうちに、圭輔は品物を小脇に抱えてレジへ向かおうとする。
「ちょ、ちょっと、まって、圭輔っ…!」
慌てて呼び止めると、圭輔は首だけを動かして視線をくれた。
「いっ、いいよ、そんなの、買っちゃだめだって!!」
赤い顔をぶんぶんと横に振る智希のことを、圭輔は平坦な表情で見下ろしたまま。
「どうして?欲しいんだろ?これ。」
「ほ、欲しいよ、けど……」
圭輔はともかく智希の甲高い声は、近くにいた客達の視線をちらちらと集めたが、今はそんな事を気にしてる状況じゃ無かった。
圭輔の方は冗談じゃなく、買うといったら本当に智希の為に大枚をはたいてそれを買うだろう。
その事を良くわかっているからこそ、ここは止めなければいけなかった。
圭輔の足が一時完全に止まったのを確認すると、智希はその腕を取って引っ張る。
それはまるでオモチャを買ってほしいと子供が駄々を捏ねているかのような絵面だったが、実際にはその意図は逆である。
「じゃなくて、さっ……おれ、お前にそんなの買ってもらう理由無いし。」
「理由なんてそんなの。滅多に無い機会なんだし、欲しいものは買った方がいいだろう。」
「それにしたって、そんな高いもの………誕生日でもないのに…っ」
むしろ5月生まれの智希よりも、誕生日が近いのは12月生まれの圭輔の方だ。
それに、仮に誕生日プレゼントだったとしても中学生、それも男同士で送りあうには値段もやや不相応である。
今はあらゆる点で、智希の主張の方が常識に寄っている。
「お金のことだったら、気にしなくていいよ。俺にも貯金はあるし。恐竜の赤ちゃんは買えないけど、これなら買ってあげられる。」
その一方で圭輔特有の言葉の通じなさが、今日に限って何かと炸裂していた。
只でさえ両者とも目立つ風貌なのに、そんな2人の微笑ましいのかへんてこなのかわからない会話はさらに周囲の耳目を集め、しまいには堪えきれずとでもいうように噴き出す声さえ聞こえてきた。
このまま問答していても埒が明かない。
そう判断した智希は圭輔の手から強引に商品を奪うと、驚くべきスピードで元あった場所に戻してしまった。
「ね、ほんと、いいから!うん!!」
試合の時などよりも遥かに迅速な手際を見せた智希に、圭輔は流石にそれ以上食い下がる意思は見せなかった。
それでも、「喜んでくれると思ったのに」と言わんばかりに落胆しているのはなんとなく察せられたので、智希は慌てて取り繕った笑顔でそんな圭輔を連れてその場を離れた。
おかげで、智希は買い損ねたフィギュアにそれほど後ろ髪をひかれることも無く買い物を済ませることが出来た。
お土産を詰め込んだビニール袋を抱え、ショッピングエリアの出口をくぐると、藤子作品に関係したオブジェがあちこちに並ぶ広場に出た。
左脇に視線をやれば、例の3Dシアターの入り口がある。要はイベントを一周して、元の場所に戻ってきたのだ。
「写真撮ろうぜ!圭輔!」
大好きなキャラクターの傍で早速両手でピースサインを作る智希。
そのはしゃいだ様子は実にシャッターの切り甲斐のあるもので、正に満面の笑みといった智希とキャラクターのツーショットを撮った圭輔は、今度は従業員に携帯を渡し、自分も並んで写真を撮ってもらった。
そんなのを何回も繰り返した後は、送ってもらった画像を嬉しそうに自分の携帯で確認している智希と並んで、圭輔もそんな智希の横顔を満たされた表情で眺めていた。
「あ、そうだ。」
すると、智希は徐に、持っている紙袋の中身をごそごそと漁る。
「はい。圭輔。これあげる。」
再び外に出てきた智希の手が握っていた細っこい棒の、その先端には何かが嵌めこまれていた。
よくよく見ると、その半透明に光る物体は藤子キャラクターの形に加工された彩豊かな飴玉だった。
首を傾げる圭輔に、智希はさらに持っている棒を突き出す。
「今日誘ってくれたお礼。おれ、すっごく楽しかった。ありがとう、圭輔。」
智希がそう言うと、圭輔はようやく意図が飲みこめた様子で一応は飴を受け取る。
「別にいいのに。お礼なんか。俺が勝手に誘っただけなのに。」
圭輔らしい言い方に、智希は思わず苦笑した。
「まあそう言うなよ。これは、おれからの気持ちなんだからさ。受け取ってよ。」
そう言って、智希も自身の分の飴を取り出してぶんぶんといたずらっぽく振って楽しんだ。
さりげなさとお礼を装って、智希は智希なりに圭輔にメッセージを伝えたつもりだった。
男同士で、友達にちょっとした好意や礼の気持ちを伝えるなら、こんな数百円程度の飴玉で十分だ。
いくら男子でも中学生にもなればそんなことは自然と理解するものである。
けれど、おそらくこれまでろくに友達付き合いというものの無かった圭輔には今までそういう事を教わる機会がなかった。
今日一日で圭輔のそういう短所が至る所ではみ出ていた。
それは圭輔の困ったところではあるものの、そんな圭輔の一面を、智希はわりに好んでいた。
普段は色んな意味で見上げることしか出来ない圭輔が、まるでお世話を焼いてあげなきゃいけない弟のように思えて、なんだか可愛かった。
実妹の夏生が自分の事を年上とも兄とも思わない扱いで接してくるから、猶更。
二人そろって飴を振りつつ、智希の方が包みを開けようとしたところであっと声を上げた。
「そういや、もうすぐ昼ごはんだなー。どこで何食おっか。なんも考えてなかったなぁ。」
智希が見上げると、圭輔はその視線をまっすぐ見つめ返して頷く。
「ここの美術館にもレストランがあるよ。イベントがある間は、そのイベントの特製メニューもあるって。」
圭輔は淀みの無い口調で言うも、今日は週末だし、周りを見ただけでも随分な人口密度だ。
今から行ったところで、満員だったり行列に並ぶ自分達の姿しか想像出来ない。
智希が何か言うより先に圭輔はさらに続けた
「大丈夫。予約しといたから。」
「お前……なんかすげえな、今日…っ………。」
そつがないのはいつもの事だが、今日の圭輔のスケジュールの徹底ぶりには智希も流石に感心して、それ以上の言葉が出なかった。
今日の一連の流れを思い返して、智希は思った。
自分も今日のこの日をとても待ちわびていて、はしゃぎ倒してしまっていたが、圭輔も自分と同じようにこの日をとても楽しみにしていて何かの箍が外れていたのではないか。
そう思えば、今日の圭輔のいくつかの奇行についても理解することは出来た。
それどころか、今日の半日がとても素敵な時間だったと感じられて、智希は胸がいっぱいになってしまった。
圭輔のおかげですんなりと入る事の出来たレストランで、ドリアをもくもくと口にする圭輔の目の前で、智希は自分の顔ほどの大きさのあるネコ型ロボットモチーフのホットケーキにウキウキでナイフを入れた。
食事を終えた後は、2人揃って町に出て日が暮れるまでショッピングやだべりを楽しみ、智希の家でディナーにもありついた。
胸いっぱいどころか腹もいっぱいで、その日は智希と圭輔、どちらにとっても充実した休日となった。